北ゴミ風船、生物・化学兵器の運搬実験か サリン2トンで「首都25万人死傷」

正男氏暗殺のVXガスも貯蔵

市街地に落下した北朝鮮大型風船の撤去作業に当たる警察・消防関係者(韓国テレビニュースのキャプチャー)
市街地に落下した北朝鮮大型風船の撤去作業に当たる警察・消防関係者(韓国テレビニュースのキャプチャー)

北朝鮮が先月末から断続的に紙くずなどを入れた大型風船を韓国各地に飛来させた問題で、韓国では北朝鮮が生物・化学兵器の運搬手段としてその性能や効果をテストしたのではないかとする見方が出ている。韓国側は対応を求められそうだ。
(ソウル上田勇実)

大型風船は5月28日から6月9日にかけ、計1300個以上が韓国に飛来してきた。落下地点は南北軍事境界線に近い北部の京畿道や江原道だけでなく、人口が密集する首都ソウル、北朝鮮から遠い南部の慶尚南道、全羅北道に至るまでほぼ全国に及んだ。

風船落下による被害は自動車のフロントガラスが割れるなど比較的小さなものだったが、風船が割れて散乱した紙くずやタバコの吸い殻、堆肥、糞尿(ふんにょう)、使用済み乾電池などを回収する作業に追われた。北朝鮮自ら「汚物風船」と称したように、その下品で子供じみた嫌がらせに閉口した韓国国民も多かった。

金正恩総書記の妹、金与正・朝鮮労働党副部長は談話で、風船飛ばしは韓国の脱北者団体が北朝鮮に向け飛ばしている宣伝ビラの風船に対する対抗措置であることを示唆したが、その後、団体が対北風船を飛ばし、これに対し北朝鮮が追加で風船を飛ばすなど双方が応酬している。

今回の北ゴミ風船は韓国から飛んでくる対北風船への対抗措置のほか、別の目的もありそうだ。生物・化学兵器を運搬する手段として有効か否かのテストだ。

実際、韓国の北朝鮮専門家らは今回の北朝鮮による風船飛来を受け、「北が風船に生物・化学兵器を入れ、南に対する無差別攻撃の手段と見なす恐れもある」と警鐘を鳴らしている。北朝鮮外交官出身の太(テ)永浩(ヨンホ)・前国民の力議員は4日、あるラジオ番組で、「風船は北朝鮮の生物・化学兵器部隊が動員されて行われた作戦」との見方を示した。

太氏は、北朝鮮が2日に「3500個に15トンのゴミを入れて飛ばした」と主張したことと関連し、実際に韓国に落下した風船は1000個余りで、中身は15トンのうち何トンだったかという「データを北朝鮮は得られた上、北風に乗って韓国のどの地域まで届くかも検証したはず」と指摘。それに対し韓国側は「風船が飛んでくるのを眺めながら、軍はそれを銃で撃ち落とさなかった」と述べた。これは中身が危険物である場合、周辺への被害が予想されるためで、北朝鮮がそれを逆手に取ったとも考えられるわけだ。

韓国政府系シンクタンク統一研究院に所属する研究者が昨年まとめた「北朝鮮の非対称戦略」に関する報告書によると、現在、北朝鮮が化学兵器用に保有している物質は「塩素、ホスゲン、シアン化物、マスタードガス、サリン、ソマン、VXガス」。生産能力は「平時4500トン、戦時1万2000トン程度」で、現在の貯蔵量は「最大5000トン規模」だという。VXは2017年にマレーシアで起きた金総書記の異母兄、金正男氏の暗殺で北朝鮮が使ったことでも知られる。

北朝鮮軍はこれらの化学兵器を「開戦初期に集中的に使用して韓国軍の壊滅と首都圏および後方地域への奇襲、混乱を狙っている」とみられ、「特に夜間使用で効果を最大限にできる」と判断し、「サリン2トンを散布すればソウルのような人口密集地で約25万人の死傷者が発生するとみられる」という。

また報告書は、北朝鮮が現在保有する生物兵器用の物資は「炭疽(たんそ)菌、天然痘、コレラ、ペスト、ボツリヌス毒素など13種類」で、「有事には10日以内に培養して使用できる」と分析。「(空気中に微細な固体・液体の粒子が浮遊する)エアロゾルを形成させて吸引感染を引き起こす」と予想している。

これまで北朝鮮による生物・化学兵器の運搬手段にはミサイルや航空機、ドローン、特殊作戦部隊などが想定されていたが、韓国は今回の騒ぎで大型風船という新たなツールの威力を見せつけられた格好だ。

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