韓国の首都ソウルで27日、日中韓首脳会談(サミット)が開催された。共同宣言には日中韓が自由貿易協定(FTA)締結に向け「交渉加速のための議論継続」と明記した。経済悪化に苦しむ中国側の要請を受けた合意とされる。だが安全保障観を欠いた経済的繁栄のシナリオは、砂上の楼閣にすぎない。(池永達夫)
9回目となる今回の首脳会談は、2019年12月以来4年半ぶりの開催だった。長期間の中断は、コロナ禍だけでなく、日韓、日中、中韓それぞれの2国間関係が悪化したことも響いた。
この間、国際情勢は劇的に変化を遂げた。欧州と中東で二つの戦争が起き、国際社会は分断の危機にさらされている。米中がにらみ合う形で長期対立し、新政権が誕生した台湾への中国の威嚇も続く。
サミットに参加した岸田文雄首相や中国の李強首相、韓国の尹(ユン)錫悦(ソンニョル)大統領の思惑は、それぞれ異なった。米国のパワーをそぎ落とし東アジアの地域覇権を握りたい中国は、日米韓の連携にくさびを打とうと躍起になっている。また、経済低迷にあえぐ中国は日韓の投資を再開させ、経済復興へのカンフル剤としたい意向も強い。核・ミサイルを振りかざす北朝鮮が最大の懸案となっている韓国は、中国の影響力を使って安全保障を担保したいところだ。また、日本は北朝鮮問題と共にシーレーン(海上交通路)を脅かされる台湾併合に向けた中国の威圧的行動に警戒を強めている。
こうした中、今回のサミットは日韓の懸念はほとんどパスされた格好だ。
軍事偵察衛星の打ち上げを次の目標にしている北朝鮮を会談冒頭で批判した日韓首脳に対し、中国の李首相は直接の言及を避けた。共同宣言も、朝鮮半島の非核化や北朝鮮による拉致問題で、3首脳が「それぞれ立場を強調した」と記しただけだ。4年半前の首脳会談の成果文書では「我々は朝鮮半島の完全な非核化に関与している」としていたことからも、後退ぶりが顕著だ。
そうした日韓の懸念がパスされる中での「FTA締結推進」共同宣言は、中国独り勝ちの感がある。それでも中国側がFTA締結に向け真摯(しんし)な姿勢で臨むなら、意味がないわけではない。鄧小平が打ち出した改革開放路線を否定し閉鎖的強権統治に舵(かじ)を切り始めたかのような習近平政権の変化を促すことにもつながるからだ。何よりFTA規定をちゃんと守れば、相互に利益がある。
だが、その真摯さが習近平政権には見受けられない。
中国は東京電力福島第1原発の処理水を、科学的な判断に基づかず「汚染水」と強弁し日本産水産物を不当に輸入停止し続けている。また環太平洋連携協定(TPP)に加盟申請しながら、加盟条件となる「開放的で市場主導型」に反し国有企業に補助金を出し「国進民退」路線の下、国有企業優遇策をとり続けている。さらに習近平政権は日米欧が懸念する中国製品の過剰生産に関し、問題の存在すら認めようとしない。
そればかりか台湾新総統の就任式への国会議員の出席を巡り、呉江浩・駐日中国大使が「中国分裂を企てる戦車に縛られてしまえば、日本の民衆が火の中に連れ込まれることになる」と政治的に恫喝(どうかつ)するなど強権体質ぶりが顕著だ。
こうした身勝手な大国を相手に真摯な交渉が期待できるとは到底思えない。少なくとも早期の日中韓FTA締結の判断だけは避けるべきだろう。
何はともあれ、安全保障は経済に勝る。安全保障が担保されない経済交渉こそは、それこそ「国家が火の中に連れ込まれることになる」。