【韓国紙】「韓日歌王戦」に見る双方向の文化交流

【ポイント解説】日本歌謡“開放”の契機に

「韓日歌王戦」は画期的な歌番組だ。1998年に金大中大統領が日本文化開放をして以来、四半世紀も経(た)ちながら唯一“開放”されなかったのが地上波での日本語歌謡である。「国民情緒的に云々(うんぬん)」という理屈でテレビ局が“自主規制”してきたものだ。それがケーブルテレビとはいえ、堂々と日本人歌手が日本語の歌を披露したのだから、薄いが非常に硬かった膜を打ち破ったという意味がある。

韓国メディアも1戦ごとに取り上げ、日韓双方の歌手のコメントや消息を載せており、韓国人の関心の高さがうかがわれた。

韓国人にしてみれば「日本人は歌が上手(うま)くない」という偏見があったが、これで崩れた。彼らがネット等を通じて接する歌はアイドルものが多いのだろう。確かにアイドルは歌が下手だ。しかし歌王戦で披露された楽曲は各年代を彩った名曲、ヒット曲を、当たり前だが“プロ”の歌手が、時にはダンスをしながら、生歌で熱唱した。歌の上手さもあるが、その多様性、豊かな情緒に韓国側の観客席が驚き、圧倒され、そして酔いしれるシーンが幾つもあった。

コメント欄を見ると『オーマイジュリア』(チェッカーズの『ジュリアに傷心』)が日本の歌だと初めて知った、というのもある。2番の歌詞をMAKOTO(日本人女性歌手)が見事な韓国語で歌うと韓国側から大歓声が上がった。このコメントに対して「知らなかったのか。韓国の歌は日本のパクリが多い」という返しもあった。ネット情報や人の往来が頻繁になった今、明らかになっていくことが多い。韓国地上波が恐れていたのはこのことだったのではないかと勘繰りたくもなる。

姜特派員が「日本人歌手が韓国で人気を得て、さらに活躍すれば」と願うなら、恐らく視聴者のほとんどがそう思っただろうが、そのためには地上波で全面開放する“勇気”が必要だ。「日本歌謡に席巻される」と心配する必要もない。KPOPは押しも押されぬ世界コンテンツに成長している。

「韓日歌王戦」を検索して視聴することをお勧めする。姜特派員のように「一気見」になること請け合いだ。(岩崎 哲)

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