
10日投開票の韓国第22代国会議員選挙まで約1週間となった。保守系の与党「国民の力」と革新系の最大野党「共に民主党」による事実上の一騎打ちで、一時与党に勢いがあったが、3月に発足した曺国元法相を代表とする革新系の「祖国革新党」の支持率が急上昇するなどし、与党の単独過半数は微妙な情勢。背景には韓国社会の左傾化がありそうだ。(ソウル上田勇実)
「これ以上、この国を犯罪者たちと従北(親北)勢力に明け渡さないようにしましょう 国民の力」
これは与党が選挙運動用に作成した横断幕に記されたスローガンだ。ところが、選挙運動に突入する直前、急遽(きゅうきょ)取り下げられた。「ネガティブキャンペーンと理念強調は逆効果」という反発の声が内部で広がったためだという。
「犯罪者」とは、市長時代に起きた巨額の不正利益捻出など複数の疑惑で起訴された李在明・共に民主党代表と家族ぐるみの不正入試事件で有罪判決(二審懲役2年)を受けた曺国氏のことを指す。また「従北勢力」とは、共に民主党が比例代表用につくった「共に民主連合」が公認に、親北活動などで強制解散させられた統合進歩党の出身者らを「当確圏内」に複数指名したことを指している。

スローガンは、こうしたいわく付きの人物が国会議員に多数当選した場合、国家秩序が乱れ、親北反日的な法案が成立する恐れがあるとして警鐘を鳴らすものだった。しかし、「保守層だけを取り込もうとすれば前回総選挙(2020年)のように惨敗する」という懸念から内容を変更した。
だが、そもそも問題は、あれだけの「犯罪者」「従北勢力」が公然と政党のリーダーとして総選挙に臨むことに警鐘を鳴らしても、さほど響かない韓国社会の左傾化にある。
韓国の親北問題に詳しい李熙天・元国家情報大学院教授はこう指摘する。
「左翼思想の洗礼を長年受けると、そこから抜け出せず自ら理性的に判断する能力を失ってしまう。自分たちの思想的同志が支持する人物にいかなる欠点があろうと、盲目的に支持し、その支持を変えることはない。そういう傾向が最も強いのが40代、50代だ」
有権者の人口比を年代別に見ると、最も多いのが40代(22年末現在15・73%)と50代(同16・68%)だ。親北左翼思想に染まった学生運動や露骨な親北教育で知られる全国教職員労働組合(全教組)などの影響を受けて育ったため、革新候補者への投票が多い。
この世代は革新系の盧武鉉元大統領やその側近だった文在寅前大統領に憧憬(しょうけい)の念を抱いている。さらにその流れを汲(く)む共に民主党の代表である李氏、文前大統領の側近中の側近と言われた曺氏への好感度も高い。
同党は、李氏の「私物化」(韓国メディア)と揶揄(やゆ)されるほど李氏に近い候補者たちが多数公認された。曺氏は「法律的な弁明が受け入れられなければ、非法律的な方法の名誉回復に乗り出す」と述べた。これについて新党立ち上げや総選挙出馬がその「方法」であるかのごとき露骨な自己正当化だとする批判も上がった。
今回の総選挙を巡る両氏の言動に失望、幻滅して支持を撤回する人がそれほど出てこないことこそ韓国左傾化の根深さを物語っている。
直近の各種世論調査によると、国民の力と共に民主党の支持率は拮抗(きっこう)しているが、やや与党劣勢との票読みも少なくない。比例で10議席獲得も視野に入れる祖国革新党の曺代表は先日、選挙後に共に民主党と協力する可能性を示唆。「尹錫悦政権をレームダック(死に体)かもっと深刻なデッドダックにするのが目標」と述べた。
一部では、共に民主党や祖国革新党など革新系野党が手を組み、国会議員定数300人の3分の2に相当する200人の賛成を集めて尹大統領を弾劾訴追するシナリオまで取り沙汰されている。