
北朝鮮の金正恩総書記が昨年末から今年初めにかけ、韓国との南北統一を放棄すると繰り返し述べたことを巡り、韓国内ではいまだに見方が割れている。韓国との体制競争に勝てないと判断した守勢的な動機からだという見方がある一方、赤化統一を諦めたわけではなく、より戦闘的な路線を打ち出したという意見も多い。果たして北朝鮮の意図はどこにあるのだろうか。(ソウル・上田勇実)
韓国情報機関の国家情報院は先週、主要メディアの外交安保部署で次長クラス以上の編集幹部たちを招き、北朝鮮情勢の分析を共有する非公開の場を設けた。詳細は不明だが、関係者によれば、その場で同院は正恩氏の統一を巡る発言について「赤化統一(北朝鮮主体の統一)を諦めたものではない」との見解を伝えたという。
ただ、逆の見方もある。数カ月前、外交・安保の司令塔役である次期国家安保室長などに白羽の矢が立った元韓国政府高官は本紙取材に「正恩氏はいかなる統一であれ、それは体制終焉(しゅうえん)に至る道と判断し、赤化統一を諦めたようだ。統一放棄宣言は自分たちが生き残るための極めて防御的、守勢的なもの」と指摘した。
元高官は「体制終焉に至る」理由について「韓国と交流・協力をしたら北朝鮮住民がその文化や思想に汚染され吸収されてしまう」ことを挙げ、「独裁体制維持には韓国との縁を切って門を閉じて生きていくしかない」と述べた。
韓国主体の吸収統一はもちろん、たとえ赤化統一できたとしても「最終的には韓国の自由奔放な文化・思想にのみ込まれることを冷徹に看破した結果が、韓国は他国で統一の対象ではないという苦肉の策を生み出した」(元高官)という。
また北朝鮮が韓国を統一の対象である「南朝鮮」ではなく他国の「大韓民国」と呼び始めたのは、北朝鮮が危機に直面し、金正恩体制が崖っぷちに立たされても「北朝鮮が韓国に軍事接収される法的根拠をなくしたい」(元高官)ためだという。北朝鮮の今回の措置に呼応して韓国の親北政権が主導して韓国までもが北朝鮮を他国と認めた場合、韓国の北朝鮮進駐に必要な国連安全保障理事会の承認を中国とロシアが阻んでくれるというのだ。
結局、統一放棄宣言は体制競争で「南に勝てない」と認めた北朝鮮が上げた白旗であり、「赤化統一の幻想を終わらせる合理的措置」(元韓国外交部幹部)ということになる。
だが、統一放棄宣言を額面通りには受け止めない専門家も少なくない。特に正恩氏は演説で「平定」「主敵」など韓国への敵意をむき出しにしたため、「偽装平和戦術をやめただけ」「一国家のままでは自国法上、核攻撃できないから」などの見方が出ている。
北朝鮮が核・ミサイル技術を年々高度化させ、戦争ムードを高めてきたことだけを見れば、統一放棄宣言は欺瞞(ぎまん)戦術のように映る。だが、実際に核攻撃したらそれ以上の報復や全面戦争を招き、体制崩壊に直結することは正恩氏自身が一番よく知っている。
大陸間弾道ミサイル(ICBM)などで米国を脅しても国連安保理などの制裁を解除させられず、親北路線の文在寅前政権による米朝仲介も失敗に終わった。今後も核数十発を保有してしまった北朝鮮との交渉に米国がどこまで実利を見いだすか不透明。北朝鮮の核戦略は行き詰まったかに見える。
住民生活を犠牲にしてまで開発した核・ミサイルを誇示しながら、実戦では使えないがため韓国との武力衝突で劣勢に立たされる公算すら大きい。そうなれば正恩氏の権威は地に墜(お)ちる。
そうした屈辱を味わわないためにも正恩氏は韓国と縁を切り、統一問題で虚勢を張らず後退を決断したのだとしたら、「体制存続という側面では賢明」(前出の元高官)なのかもしれない。