【韓国紙】中国は“言葉の力”を信奉するのか

【ポイント解説】言霊信仰の篤い中国

「はじめにことばがあった。ことばは神とともにあった」。新約聖書ヨハネの福音書の冒頭である。「文の国」中国で「台湾」を唱え続ければ本当に独立国家となってしまうと国家を挙げて心配しているのかと韓国紙の特派員は皮肉を込めて伝えている。

だが、宗教を否定する共産主義、唯物主義の国でありながら、だれよりも言葉の威力を感じているのも中国だ。そういえば「嘘(うそ)も百回言えば本当になる」と言ったのは国民社会主義ドイツ労働者党政権の宣伝大臣ゲッベルスだったが、案外、プーチン露大統領が敬虔なロシア正教徒であるごとく、共産主義社会主義の国はヨハネの言葉に忠実なのかもしれない。

それはさておき、中国がチベットやウイグルのみならず、モンゴルや朝鮮族など少数民族に対しても中国語化を進めている。これは中国が言葉の威力を知っているからだ。言葉は思考を規定していく。肯定的な言葉、明るく気持ちのいい言葉を唱えると気持ちも考えも肯定的になっていくのは事実である。その意味で「光明論」を推進する中国当局の政策はそこら辺の人生相談のアドバイスじみてはいるが、間違ってはいない。

しかし、現実の課題はその限りではない。平和憲法を掲げれば安全保障の危機が去って行くわけではないように、具体的有効な政策がなければ経済危機が去って行くはずもない。眼前の課題を直視しないという点で同じだ。

直視しないということで韓国の歴史を見ても王朝は危機を正面から受け止めなかった。ないことにしてしまえば危機はないという、いわゆるダチョウ症候群に陥っていた。危機の存在を認めて無視したわけだが、一応危機は認識した。もっと始末に負えないのは危機を感じない「鈍感力」だ。これを身に付けている指導者を戴く国はもっと危機かもしれない。

(岩崎 哲)

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