北朝鮮はこの年末年始、4月に実施される韓国総選挙を念頭に置いたとみられる揺さぶりを続けている。金正恩総書記は尹錫悦政権の対北強硬政策を批判しながら韓国の「全領土平定」準備を指示し、韓国有権者の保守支持を牽制(けんせい)。一方、妹の与正氏は最大野党「共に民主党」の李在明代表を「第2の文在寅」と称し、文氏への失望を吐露することで事実上、李氏により一層の親北路線を取るよう求めた。(ソウル・上田勇実)
北朝鮮メディアは昨年12月31日、前日まで平壌で開催されていた朝鮮労働党中央委員会第8期第9回総会での正恩氏の発言を紹介した。
その中で正恩氏は、韓国との関係を「これ以上、同族、同質の関係ではない敵対的な二つの国家、戦争中の交戦国の関係」と指摘。「核戦争抑止力を躊躇(ちゅうちょ)なく重大な行動に移すと宣言」し、「南半部(韓国)の全領土を平定しようというわが軍隊の強力な軍事行動に合わせた準備」を指示した。
尹政権は就任以降、北朝鮮が核・ミサイル開発など軍事挑発路線に拍車を掛け続けていることに毅然(きぜん)とした態度を示している。特に米国による拡大抑止の強化や文前政権時に縮小や中止が相次いだ米韓合同演習の復元、日米韓3カ国の軍事的連携などは、北朝鮮にとって脅威になっているとみられる。
正恩氏の発言は、尹政権が対北強硬政策を続ければ「戦争の危機」が到来するという漠然とした危機感を韓国社会に広げることで、有権者に与党「国民の力」支持を思いとどまらせる心理的な圧迫効果を狙った可能性がありそうだ。
実際、北朝鮮は5日から3日連続で、黄海の南北軍事境界線である北方限界線(NLL)の北側海域に計350発以上の砲撃を行った。韓国軍はこれに対抗して付近の白●(=令に羽)島と延坪島に駐留する海兵隊部隊が海上に向け砲撃訓練を実施する一方、両島の住民がシェルターなどに避難する騒ぎとなった。
その一方で北朝鮮は、野党への要求も忘れていない。
与正氏は、対北抑止力の強化に明言した1日の尹大統領新年の辞に反論する形で談話「大韓民国大統領に送る新年メッセージ」(2日付)を発表。その中で与正氏は、まず尹氏を対北強硬政策で北朝鮮に軍拡の名分を与えた「特等功労者」と皮肉り、2018年から翌年にかけ南北融和ムードの演出に余念がなかった文前大統領にも言及。「文在寅の表面的な『平和意志』に引きずられて戦力強化ができず、時間を浪費したのは大きな損失だった」と振り返った。
その上で「今思うと、もし第2の文在寅(=李在明氏)が執権していたら、われわれにとっては大ごとだろう」と述べた。これは一見すると、前回の大統領選で尹氏と一騎打ちを演じて負けた李氏をわざと突き放すような物言いだが、韓国総選挙での左派野党勝利や次期大統領選での政権交代を期待しないという意味ではなさそうだ。
むしろ北朝鮮の本音としては、李氏が率いる共に民主党が総選挙で過半数を維持し国会を中心に尹氏の対北強硬政策に待ったをかけ、さらに次期大統領選でも李氏が当選し、文氏のように融和政策を頓挫させることなく、もっと踏み込んだ親北政策で北朝鮮に実利をもたらすよう暗に促すものだった可能性がある。
韓国統一省の当局者は、直近の過去2回の総選挙で北朝鮮が全地球測位システム(GPS)を攪乱(かくらん)させたり、弾道ミサイルを連続発射させた実例を挙げ、「各種の対南心理戦を警戒すべき」と述べた。
ただ、北朝鮮による揺さぶりが韓国の選挙に及ぼす影響は、有権者の「学習効果」もあって近年限定的なものに終わっている。