【連載】なぜ韓国は左傾化したか(8) 暗躍する朝鮮総連 在日和合を隠れ蓑に工作も

2006年5月17日、会談を終え握手する河丙鈺 民団中央団長(右)と徐萬述総連議長東京 都千代田区の総連中央本部(UPI)

韓国左傾化の取材で訪ねた南西部・光州で、地元大学のある名誉教授から「日本も一定の影響を及ぼしたことは忘れてはならない」と言われた。綱領で北朝鮮を「熱烈に愛し擁護」し、「国(北朝鮮)の富強発展に特色ある貢献をする」と明言している在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)の活動を指して言ったものだ。

<前回>【なぜ韓国は左傾化したか】(7)歴代左派3政権危うい「北朝鮮ファースト」

かつて朝鮮総連の韓国左傾化工作はほとんどが地下活動だった。しかし、金大中政権発足以降、韓国左派政権が朝鮮総連と連携するようになり、合法的に行われるようになったと言われる。

2006年、韓国政府公認の在日民族団体である在日本大韓民国民団(民団)の河丙●中央団長は朝鮮総連トップの徐萬述議長と会談し、双方の和合と協力で関係を構築していく声明に署名、世間を驚かせた。その6年前の金大中・金正日両氏による初の南北首脳会談の日本版だ。

だが、会談は執行部の独断で行われ、民団内部の反発を招いた。民団が取り組んでいた日本在住の脱北者支援事業を河氏が廃止するなど不可解な動きも出た。やがて河氏の「過去」に疑惑の目が向けられるようになる。

河氏は慶尚南道出身で、1954年に日本に密航した在日1世。法政大学を中退し、朝鮮大学校の1期生として入学。卒業後、朝鮮高級学校で教鞭(きょうべん)を執ったり、朝鮮総連機関紙「朝鮮新報」で働いたりしたが、67年に朝鮮総連から民団に移動した。その後、池袋などで事業をしながら民団で活動を続け、中央団長まで登り詰めた。この朝鮮総連から民団への移動が実は偽装だったのではないかというのだ。

朝鮮総連中枢にいた、ある関係者はこう指摘する。

「北朝鮮にとって朝鮮総連は韓国支配のための側面部隊。日本在住の朝鮮籍者に韓国籍を取得させて韓国に自由に出入りさせたり、韓国左派政権のバックアップの下で民団が朝鮮総連と和合・協力するよう仕向け、朝鮮総連がそれを隠れ蓑(みの)に工作をしやすいようにさせた。河氏は民団に長期間埋め込まれ、時期が来てその工作の一端を担った可能性がある」 民団・朝鮮総連のトップ会談が実現した当時、盧武鉉政権下で日本に派遣されてきた韓国大使館のある参事官は「自分が日本に来た目的は民団と朝鮮総連をくっつけることだと公然と語っていた」(同関係者)という。

現在、海外居住の韓国籍者には韓国で実施される大統領選や総選挙の投票権があるが、かつては制限することを検討した時期もあった。朝鮮籍から韓国籍への偽装変更者が韓国に政治介入することを警戒したためだ。

韓国左傾化を主導した80年代の大学生たちが国内では決して手に入れられなかった主体思想関連の書物も、多くが朝鮮総連経由で韓国に持ち込まれたとされる。

   ◆ ◆

取材を通して見えた韓国左傾化の根は深く、その影響は広範囲に及ぶ。シロアリに食い尽くされた柱は、表面上は何の変化も見られないのと同じように、「韓国は自由民主主義という国家形態のままでありながら、中身は北朝鮮などに食い荒らされつつある」(韓国保守派の論客)のが現状だ。

そしてそれに劣らず問題なのは、多くの国民がその深刻さに無頓着だという点である。

韓国を代表する作家の一人、李文烈氏は先月、韓国保守紙のインタビューにこう語っている。

「私が見るところ、韓国社会の雰囲気は半分以上、左に傾いている。自分が左翼活動に加担しているのに、そうとは知らずやっている人が多い。過激なスパイ活動でない限り、左翼に極めて寛大な社会になった。国民があまりに(左派や全体主義の脅威に)鈍感になってしまった」

韓国左傾化が是正される道筋は見えていない。

(ソウル・上田勇実)

=終わり=

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