【ポイント解説】「倭寇略奪」認識は変えず
韓国大法院は観世音菩薩坐像が「和寇による略奪品」との認識は維持しつつ、「取得時効」だけで日本に返すと結論付けた。
この事件は単純に見れば、韓国の窃盗団が対馬観音寺から仏像を盗み出し、それが韓国税関当局によって摘発された、というだけのものだ。ユネスコ条約を持ち出すまでもなく「盗品を元の持ち主に返す」だけで済んだ話である。
ところが仏像内の施入物に「浮石寺で観音像を作る」との記録があり、仏像が高麗製であることから「倭寇」による略奪品の可能性が指摘され、それが韓国側の確信に変わった。しかし、仏像が対馬に渡った経緯は寄贈や譲渡、商取引の可能性もあり、一概に「倭寇による略奪」と決め付けることもできないし、韓国側もそれを証明することができなかった。
それどころか、なによりも倭寇が日本の海賊だと断定できない事情もあった。朝鮮の正史である「朝鮮王朝実録」の「世祖実録」や「睿宗実録」によれば、倭寇の多くは日本人を装った朝鮮人だったことが記録されている。彼らによる略奪が横行したため朝廷による取り締まり強化を官吏が王に促してすらいるのだ。
そうなると、朝鮮人海賊が略奪して日本に売り払った可能性もなくはない。この構図は最近判決が出た『帝国の慰安婦』裁判に似ている。著者の朴裕河元教授は「慰安婦」は親や家族が娘を朝鮮人業者に「売り払った」可能性を指摘した。つまり「日本軍が銃で脅して連れて行った」わけではなく、娘をその境遇に追いやったのは朝鮮人自身だったという話だ。
仏像が対馬に渡った事情を誰も証明できない。韓国側が返還を拒否していた根拠である「略奪」も証明できない。そこで韓国司法は“苦肉の策”として「取得時効」という理論を援用したと言える。「略奪」認識を変えなかったのは韓国世論を意識してのことだろう。判決は日韓関係改善を進める尹錫悦政権を忖度(そんたく)したとも言われるが、裏を返せば、政権次第で裁判も変わり得るということだ。
(岩崎 哲)