先月27日夜、北朝鮮・平壌の金日成広場で朝鮮戦争の休戦協定締結70年を記念する軍事パレードが行われた。同国にとってこの日は「祖国解放戦争に勝利した日」。ひな壇中央には金正恩総書記が立ち、すぐ右隣にロシアのセルゲイ・ショイグ国防相、左隣に李鴻忠・中国共産党政治局員がそれぞれ並んだ。
このスリーショットは、安全保障で米韓両国との連携を深める日本が直面する核脅威を象徴していた。核・ミサイル脅威をエスカレートさせる北朝鮮の独裁者を、ウクライナを侵攻し戦術核使用をちらつかせるロシアの軍トップと台湾侵攻も辞さない構えの中国の高官が支持するというメッセージが明確に発信されたからだ。
この“祝い”の場で北朝鮮国歌が演奏されると、正恩氏が涙を流す場面が映し出された。核・ミサイルで難局を乗り越えようとする自身に感動して零(こぼ)れ落ちた「自己陶酔の涙」(韓国メディア)だったのかは定かでないが、改めて突き付けられたのは正恩氏が核・ミサイル路線を見直す可能性はますます遠ざかっているという現実だ。
「北朝鮮の非核化はすでに手遅れであり、われわれの目の前には核武装した北朝鮮がいるだけだ」
韓国外務省で北朝鮮核担当大使や次官補などを務めた李容濬(イ・ヨンジュン)・世宗研究所理事長はこう述べた。李氏は北朝鮮が初めて核実験に踏み切った2006年、「少ない回数の核実験で事実上の保有国となったインドやパキスタンの先例から、北も核保有国になる」と予感したという。
その後、北朝鮮は17年までの間に6回の核実験を断行し、弾頭の小型化・軽量化にある程度のめどを付けたと言われる。これと並行し核兵器運搬を想定した各種弾道ミサイルの発射実験を繰り返した。
韓国国防白書などによると、北朝鮮は日韓を射程に置く既存の「スカッド」や「ノドン」の老朽化を受け、作戦上優位でここ数年開発を進めた固体燃料式の多様な弾道ミサイルをこれに代替させるとみられる。米本土攻撃を想定した射程1万~1万5000㌔超の大陸間弾道ミサイル(ICBM)を、日本上空を通過させたり、通常より高角度のロフテッド軌道で発射する実験も重ねた。
まだ実証されていない大気圏再突入技術を含め、北朝鮮の弾道ミサイルは「失敗しても実験を繰り返す中で技術を発展させ、今後1~2年で完成する」(南成旭〈ナム・ソンウク〉・高麗大学教授)との見方もある。
これに加え、迎撃を困難にさせる潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)や変則軌道の「戦術誘導弾」などの実験も繰り返し、戦場で実際に使用可能な戦術核については複数の消息筋が「ほぼ完成段階にある」と口を揃(そろ)える。「正恩氏の妹、金与正氏が4月の米韓ワシントン宣言に反発し、『決定的行動に臨まざるを得ない環境を提供した』と述べたのはその自信の表れ」(日本政府筋)だというのだ。
北朝鮮の核・ミサイル脅威の増大は金正恩統治下で顕著であり、「洗練された領導でわずか何年かの間に世界的核強国に浮上した」(戦勝節70年記念図書「永遠なる勝利の太陽」より)という自画自賛は、あながち的外れとは言えない。
もはや北朝鮮の核・ミサイル開発を外交や経済制裁などで止めることは期待できなくなった。非核化交渉の難しさは6カ国協議やトランプ米政権時の米朝対話で露呈し、経済制裁は中露との不正貿易やサイバー攻撃による巨額の仮想通貨窃取など抜け穴だらけで十分な効果を発揮できないままだ。国際社会には北朝鮮の核・ミサイル脅威を抑え込む有力な手段を見いだせない焦燥感さえ漂う。
厳しい安保情勢を踏まえた立場から北朝鮮問題に言及してきた柳東烈(ユ・ドンヨル)・元韓国警察庁公安問題研究所研究官は「核には核という恐怖のバランスよりも、金正恩政権を崩壊させることでしか、北朝鮮の核・ミサイル脅威を除去するのは難しいのではないか」と指摘する。
米韓合同による作戦計画「6〇〇〇」。正恩氏が韓国国内のスパイを通じて入手しようとした可能性が指摘されるいわゆる斬首作戦(特殊部隊による金正恩氏暗殺計画)だ。韓国大統領がこれにゴーサインを出す日が来るのだろうか。(ソウル・上田勇実) ◇
ロシアの核恫喝(どうかつ)で国際社会はウクライナへの侵略を止められず、かつてなく核の脅威は高まっている。極東のロシア、核戦力を増強する中国、核保有を公言し弾道ミサイル開発に拍車を掛ける北朝鮮に囲まれ、日本は同盟国・米国の拡大抑止を受けるだけでよいのか。核恫喝時代の選択肢を模索する。