
先週ワシントンで行われたバイデン米大統領と尹錫悦・韓国大統領の首脳会談では、最大の焦点となった北朝鮮の核脅威に対する抑止策で、韓国側で徐々に要望が高まる戦術核再配備の確約はなかった。韓国に再び親北政権が誕生することを米国側が不安視していることも背景にあるようだ。(ソウル・上田勇実)
「事実上の戦術核再配備と同じ効果が得られるようになった」
与党「国民の力」の金起炫代表は、米韓首脳会談の結果をこう評した。会談後に発表されたワシントン宣言には「核を含む米の拡大抑止が鉄壁だと確認」したことや「戦略的原子力潜水艦など米軍の戦略資産を韓国に定期的に展開」することが盛り込まれた。与党代表の発言には「戦術核再配備」への期待感がにじんでいる。
だが、会談では韓国保守派が強く求めた戦術核の国内再配備そのものについての言及はなかった。会談直前、尹大統領は英通信社とのインタビューで、米戦術核を同盟国内で管理・運用するNATO(北大西洋条約機構)式より強力な核共有に意欲を示し、米韓が対北抑止でどこまで踏み込んだ合意に至るか注目されていた。先月実施された世論調査では、さらに踏み込んだ「独自核武装」について6割以上が賛成した。それだけに保守派の間で会談結果に失望感が漂った感は否めない。
今回の米韓首脳会談を巡り、日増しに強まる北朝鮮の核脅威を抑止できるのか漠然と不安を抱く国民からは、ひとまず安堵(あんど)の声が上がっている。「核協議グループ(NCG)の新設」や「核抑止に関する計画や訓練、情報共有の強化」で一致し、明らかに「既存の拡大抑止より強力」(韓国紙セゲイルボ)だからだ。
しかし、専門家の認識は少し異なる。北朝鮮の核問題に詳しい金泰宇・元統一研究院長は「韓国に核脅威を突き付けるのを北朝鮮に諦めさせるには不十分だった」と指摘する。
また南成旭・高麗大学教授は「北朝鮮が7回目の核実験や軍事偵察衛星の発射など、今後さらに脅威の度合を強める恐れがあり、そうなれば韓国内への戦術核再配備を米国に切り出すべきだ」と述べる。「国外配備では抑止力強化に不十分で、国内配備こそ意味がある」(南教授)と言う。
今回の米韓首脳会談では、対北強硬派で知られる国家安保室の金泰孝・安保第1次長が事前交渉の先頭に立ったとみられている。韓国政府が戦術核再配備を米国にどこまで認めさせようとしたかは明らかでないが、李明博政権の安保諮問会議メンバーで金次長と一緒に仕事をしたある関係者は「金次長の性格からすると、自制するより要求すべきは要求したのではないか」と述べた。
結局、韓国は戦術核再配備を求めたものの、米国は東アジアの核ドミノを懸念し断固反対の立場で、代わりに「拡大抑止」強化で折り合うよう説得された可能性がある。
ところで、米国が韓国への戦術核再配備に反対する最大の理由は、韓国が北朝鮮に融和的な革新政権に交代した場合、北朝鮮に内通して軍事機密を漏らされる恐れがあるためと言われる。韓国の対北政策は保守政権と革新政権で180度異なり、米国はこれまで何度も振り回されてきた。
実際、今回の会談結果について親北派からは批判の声が上がっている。米韓首脳会談が行われた翌日は、文在寅大統領(当時)と北朝鮮の金正恩総書記が平和を演出した南北首脳会談から5年に当たる日だったが、その記念行事で当時、大統領室秘書室長だった任鍾晳氏は「拡大抑止はわれわれにいかなる平和ももたらさない」と述べ、米韓の対北抑止を非難する北朝鮮の立場を代弁してみせた。
韓国は次の一手として、強化された米国の「拡大抑止」に守られながら、対北拡声器放送や偵察行為の中止を含んだ南北軍事合意(18年)の見直しなど、独自の対北強硬措置を検討する可能性がある。