先週行われた日韓首脳会談を巡り、韓国では尹錫悦大統領が日本に低姿勢だったとする「親日」批判が巻き起こった。尹氏は帰国後に待ち受ける「親日」バッシングを重々承知の上だったはず。政治的リスクを犯しながら訪日し、首脳会談に臨んだのはなぜだったのだろうか。(ソウル・上田勇実)
まず「親日」批判の的になったのは、日韓関係最大の懸案だった元徴用工問題で岸田文雄首相から「謝罪や反省」の直接的な言質を取れなかったことだ。首相は会談後の共同記者会見で「1998年の日韓共同宣言を含め、歴史認識に関する歴代内閣の立場を全体として引き継いでいる」と述べたが、これでは不十分というのだ。
革新系のハンギョレ新聞は社説で、首脳会談開催の決定的契機となった、同問題に対する韓国政府の解決案を「日本に免罪符を与えるもの」と指摘し、謝罪が得られなかった会談を「日本に譲歩を期待した無能外交による予告された惨事」と批判した。
同問題の責任は韓国側の国際法を無視した判決とその後の文政権による事態放置にあったのに、問題の焦点を日本の賠償や謝罪の有無にすり替え、それを引き出せなかった尹氏に「無実の罪」を着せているようなものだ。
また尹氏が日韓、日米韓の安保協力を強調したことと関連し、中道左派の韓国日報は「日本が新冷戦構図に便乗し軍事大国化を目指している点も警戒すべき」と指摘。ありもしない日本脅威論をかざし、尹氏は日本に無警戒だと暗にたしなめた。
さらにこんな珍事もあった。文在寅前政権時の元儀仗(ぎじょう)秘書官は、首脳会談前の儀仗隊による栄誉礼の際に尹氏が日章旗だけに一礼したように誤解されかねない写真を自身のインターネット交流サイト(SNS)にアップし、「相手国の国旗に頭を下げて敬礼する韓国大統領をどう考えればいいか。呆れてしまう」と述べた。公共放送のKBSも一時同様の説明をした。「典型的なフェイクニュース」(保守系の朝鮮日報)である。
尹氏に対するこうした「親日」批判は、主に以前から尹氏に批判的だった野党や革新派から起きており、その意味では想定内。殊に対日政策ではどうしても歴史が頭をもたげる韓国国民に対し、「親日」批判は政治的効果抜群だ。
ただ、尹氏の姿勢が日本に融和的だったのは確かだ。それは共同記者会見で発言中の首相に対し、尹氏が自分の体を首相の方に少し向けながら傾聴する態度にも表れていた。尹氏の父親が一橋大学で客員教授を務めたことなども影響しているだろう。
尹氏の「親日」姿勢について、日韓問題に詳しいある保守系論客はこう指摘する。
「北朝鮮のミサイル挑発やロシアのウクライナ侵攻など現時点の国際情勢に鑑みて必須だと判断したのが元徴用工問題の解決と日本との首脳会談だったようだ。韓国で『親日』バッシングされても克服できるのではないか」
今回の首脳会談について革新系最大野党「共に民主党」の李在明代表は「日本に朝貢を捧(ささ)げ、和解を懇願する文字通りの降伏式のような惨憺(さんたん)たる姿」と酷評し、「親日」扇動の先頭に立っている。
だが、李氏自身が関わったとみられる各種疑惑の検察捜査は続いており、反日デモを牽引(けんいん)してきた過激な労働組合には北朝鮮のスパイ容疑が浮上。2015年の日韓慰安婦合意が大規模な朴槿恵政権退陣運動と相まって批判されたのとは状況が異なる。「『親日』批判や『反日』扇動に国民は食傷気味で、扇動は限界にぶつからざるを得ない」(同論客)とみられる。
もう一つ尹氏の「親日」姿勢を説明する上で欠かせないのが、政治的計算より自らの所信に従うとされる尹氏個人のスタイルだ。検事時代も自分を総長に抜擢(ばってき)した文政権が絡む疑惑に捜査のメスを入れ、文政権と政敵関係にある保守派から大統領選に出馬し当選した。
尹氏の「親日」姿勢は、「親日」呼ばわりされない政治的立ち振る舞いより「親日」呼ばわりされても中長期的国益を重視した結果だったと言えるかもしれない。