
北朝鮮が金正恩総書記の娘(韓国メディアなどが未確認名「金ジュエ」で呼称)を軍関連行事などに相次いで登場させ、日本や韓国をはじめ西側諸国の関心を引き寄せていた矢先、今度は大陸間弾道ミサイル(ICBM)を発射し、北海道沖の日本海に着弾させた。硬軟織り交ぜた北朝鮮の動きは何を意味するのだろうか。(ソウル・上田勇実)
正恩氏の娘が最初に確認されたのは昨年11月18日にICBM「火星17型」の発射現場を訪れた時。それ以降、ミサイル関連行事や朝鮮人民軍創設75周年の軍事パレードなどに計6回姿を現した。すべて父の同伴。北朝鮮国営メディアは「愛するお子様」「尊敬するお子様」と持ち上げ、映像や画像の中心に華々しく居座った。それにつられるように一部の専門家やメディアは「4代目後継者の準備」に焦点を当てた。
だが、それとは逆の「後継準備は早過ぎる」という見方の方が説得力がある。なぜならまだ10歳前後とみられる小学生の女児を後継者として準備するほど正恩氏の健康状態が深刻であったり、内部情勢が混乱しているとはみられない。また仮に後継者に決めても、本人を公の場にさらすほど身辺安全上危うい行為はない。
そもそも女性後継者について韓国政府は「北朝鮮体制の家父長的性格を考えると疑問も多くある」(権寧世統一相)と慎重だ。
ではなぜ娘が登場したのか。最も多かった見方は女児とミサイルのおよそ似つかわしくない“共演”を解説したもので、「未来世代を象徴する娘と(正恩氏の娘という)白頭血統を結び付ければ、核兵器高度化を通じ未来世代の安全、政権維持、住民たちの安全が担保されるというメッセージを作ることができる」(洪珉・統一研究院北朝鮮研究室長)というものだった。
しかし、より一層注目すべきは正恩氏が最も重視する核・ミサイルによる西側、特に米国への圧力をいかに効果的に行うかという対外戦略の一環である可能性だ。
北朝鮮は昨年、ICBMを含め37回にわたり計73発という年間最多の各種ミサイルを発射したが、日米韓3カ国はこれに揺さぶられることなく、軍事協力を一層強化した。先日のバイデン米大統領の一般教書演説では「北朝鮮」という単語が一度も出てこないほど、米大統領の北朝鮮に対する関心は薄れたという印象を与えた。
正恩氏としては、体制維持に向けた制裁緩和であれ核軍縮交渉の開始であれ、足元の厳しい国内経済難を打開する必要があり、それには国際社会を揺さぶりたい。娘を登場させることで「国際社会の関心から遠ざかっていた北朝鮮が既存とは違う方法で耳目を集めることに成功した」(週刊誌「週刊京郷」)のは確かなようだ。
そして北朝鮮は国際社会にまだ娘登場の余韻が残っていた18日、ICBM「火星15型」を日本海に向け通常より高角度で発射し、排他的経済水域(EEZ)内に落下させるという暴挙に出た。「弾頭重量などによっては米全土を射程に置く1万4000㌔超え」(浜田防衛大臣)という“化け物”で、気が緩みがちな週末の夕方を狙ったかのような挑発に、日本政府は慌てて対応に追われた。
実はこの1週間前、北朝鮮問題に詳しい南成旭・高麗大学教授は韓国メディア向けコラムで次のように警鐘を鳴らしていた。
「国際社会から忘れ去られることが怖い正恩氏は幼い娘を動員して(4代目後継者の準備という)新しい小説を書いているにすぎない。(実際の目的は)ICBM挑発を予告する広報マーケティングだ。小説に気を取られている間に北朝鮮による本物の奇襲挑発に不意を突かれないよう鋭意注視することが重要だ」
どうやら娘の登場は西側に対する目眩(くら)ましであり、ICBM発射などの武力挑発の効果を劇的に高める狙いがありそうだ。