
韓国に駐在する中国メディアの女性特派員が韓国保守派からスパイ嫌疑を掛けられている。保守派はネットメディアや動画投稿サイト「YouTube(ユーチューブ)」などで、女性が親中派の政治家に接近したり、中韓の文化交流を支援してきたのは中国共産党のスパイ活動だとし、国外退去を求めている。韓国でも孔子学院や海外公安警察が物議を醸しているが、それに続く新たな中国リスクになるのだろうか。(ソウル・上田勇実、写真も)
「周玉波を韓国から追放しろ!人民網を閉鎖しろ!」
先月、ソウル中心街にある高層ビルの前で韓国保守派の市民団体やネットメディア、ユーチューバーら約40人が記者会見を開いた。「周玉波」とは韓国に駐在して10年以上になる中国女性特派員、周玉波氏のこと。中国共産党機関紙「人民日報」のオンライン版「人民網」のソウル特派員であり、人民網の韓国子会社「ピープルドットコム・コリア」の代表だ。

会見に参加したあるユーチューブチャンネルの運営者は「好き好んであの女性(周氏)を批判したりはしない。韓国を篭絡するスパイ活動をした疑いがあるから看過できないだけだ」と語った。
会見の場に韓国主要メディアの姿はなかった。別の参加者に聞くと「予(あらかじ)め案内を出して誘ったが、皆『趣旨はよく分かるが、上司がいい顔しない』と言うだけだった」と答えた。この種の中国批判に韓国メディアの及び腰は続いていた。
周氏は韓国でどのような活動をしたのか。北京にある国立対外経済貿易大学の韓国語学科を卒業後、韓国語通訳の仕事をし、2011年に韓国に赴任。それ以降、流暢(りゅうちょう)な韓国語を駆使してソウル市や江原道、全羅南道などの広域市・道、城南市や群山市などの市・郡・区の、当時親中派だった首長らと相次いで面会し、各種の了解覚書(MOU)を締結した。
特に江原道では18年に道内で開催された平昌冬季五輪を前に「普段海を見られない(内陸に住む)中国人が黄海より青く深い東海(日本海)を見られるという魅力に注目」(周氏側説明)した中国人観光客誘致活動に関わり、その功績で名誉江原知事に委嘱された。
周氏は、民間企業主導で崔文洵(チェムンスン)・同道知事も「共同投資者」を自認した「韓中文化タウン」と称するチャイナ・タウンの建設計画にも深く関わった。22年の中韓国交樹立30周年に合わせた10年越しの計画だったが、青瓦台(当時の大統領府)の国民請願に55万人以上の建設撤回を求める署名が殺到し、中止に追い込まれた。背景には韓国で近年高まる反中感情があったとみられる。
実はこの計画は、中国主導の覇権的経済圏構想「一帯一路」に組み込まれる恐れがあったようだ。中国側は同計画と関連し「韓国は一帯一路の沿線国であり、この計画は一帯一路文化交流のプラットフォームでありブランド」(中国国家情報センター幹部)と位置付けていた。崔知事自身も「私はこの事業を『文化一帯一路』と呼んでいる」と述べた。周氏の仲介で韓国の地に中国共産党のソフト工作拠点がつくられようとしていたとも言える。
ソウルの外国報道機関に勤務する特派員はかつて日本人が多かったが、近年は中国人もそこそこいる。数年前、韓国国防省の外国メディア担当報道官は「中国人記者は本当に取材活動しているのだろうか」と漏らしていた。取材より「他の目的」があるように映るという意味だ。
韓国保守派が周氏に疑惑の目を向けても、スパイ行為を働いた確たる証拠は見当たらない。しかし、韓国の識者は「記者の肩書があっても中国共産党の対外宣伝扇動事業部所属とみた方がいい」(有名私立大学教授)、「韓国に住む中国人の中で韓国語が上手な人は一番危険」(元政府系シンクタンク幹部)と、一様に訝(いぶか)しがった。