
韓国・ソウルの梨泰院(イテウォン)で日本人2人を含む156人が死亡した雑踏事故から1週間となった先週末、全国各地で「事故の責任は尹錫悦政権にある」と主張する左派系市民団体が主催した政権退陣デモが行われた。事故の責任を強引に政権になすり付ける手法は2014年のセウォル号沈没事故後などにも見られた左派お得意の扇動。政府・与党は国民が扇動に乗せられないよう注意喚起に躍起だ。(ソウル・上田勇実)
5日夕、ソウルの南大門近くで「イテウォン惨事犠牲者追慕市民ろうそく」と題した集会が開かれ、約9000人(警察推計)が参加した。参加者は「退陣が追慕だ」などと記されたプラカードを持ち、演壇には「無責任な政府が惨事を招いた」という横断幕が掲げられた。登壇したある20代女性はこう叫んだ。
「私たちはすでにセウォル号惨事で朴槿恵(の無責任さ)を体験したが、またイテウォン惨事で尹錫悦(の無責任さ)を体験している。(尹政権は)尊い青年たちが死んだのに本人のせいだと言い、心のこもったお詫(わ)びの一言もない。一緒にろうそくを手にしよう。無能で無知で無責任な尹錫悦政権にこのまま任せてはならない」
集会を主催した「ろうそく行動」は尹政権発足直後から尹氏弾劾を主張し続けてきた。彼らは今回の事故を、より多くの国民に政権退陣に同調してもらう格好の材料と見なしているようだ。
セウォル号沈没も今回の事故もさまざまな原因が重なった結果、偶発的に起きたものだ。警察の警備態勢など問題点が浮き彫りになったのは事実だが、時の政権の怠慢に一番の原因があると主張するのはこじつけと言える。
それにもかかわらずこの種の主張が一定程度、国民の共感を得てしまうのは、韓国社会に「被害者側に正義あり」という不思議なムードが根強いためだ。
日韓間の慰安婦問題でも韓国国内で事実関係の究明より被害者中心主義が先行し、偏った認識が広まった結果、解決を遅らせているのは否めない。
左派陣営はセウォル号事故後にこれを散々政治利用し、その後の国政介入事件と共に朴槿恵政権退陣運動を呼び込むきっかけづくりに成功した。今回の事故でもそれを再現しようという考えだ。
事故が発生した直後から左派陣営による政治利用の兆しはあった。左派系野党「共に民主党」のシンクタンクである民主研究院の現職副院長は、事故の原因は大統領室の警備強化が原因で現場の警備投入が手薄になったためだとして尹大統領の退陣を求めた。また労働組合の影響力が強い三大地上波の一つMBCの看板番組が、SNS上で事故に関する政府の不手際を告発するため情報提供を呼び掛けた。
こうした左派の攻勢を意識したように、まだ事故原因の究明もされていない段階で警察トップをはじめ関係者が矢継ぎ早に公式謝罪し、尹大統領自ら焼香所に毎日足を運んだ。
ただでさえ支持率低迷に苦しんでいる尹政権は、今回の事故が政権退陣運動につながらないよう細心の注意を払っているようだ。与党「国民の力」の権性東議員は自身のSNSに「他人の悲劇を政治闘争の道具に悪用している」と書き込み、左派を牽制(けんせい)した。
権議員によると、北朝鮮に追従する言動が問題視されて解散に追い込まれた極左政党「統合進歩党」の関係者も今回の事故に関連した尹政権退陣運動に関わり始めているという。同党のメンバーは解散後も政党名を変えながら活動を続け、親北反米路線を主張していた。
左派が総出でイテウォン事故を尹政権退陣運動につなげようとしている。尹政権はしばらく守勢に回らざるを得ない。