
先週、国内最大手紙・朝鮮日報の1面トップに「尹政権、米国に実質的核共有を要請」という見出しが躍った。北朝鮮が7回目の核実験に踏み切った場合、米国の戦術核をシェアリング(共有)するレベルの米国による拡大抑止(核の傘)強化を、尹錫悦政権がバイデン政権に要請したことが分かったという。
北朝鮮が「戦術核運用部隊」の訓練の一環として弾道ミサイルを連日のように発射し、これを「指導」した金正恩総書記が韓国や日米両国に「(北の)核攻撃能力を知らしめる警告」を発した矢先のことだった。
核シェアは通常、保有国(米国)が戦術核を同盟国である非保有国(韓国)に搬入し、共有すること。使用の最終決定権は保有国にあり、受け入れ国は核兵器を航空機に載せ、上空から落とすことが想定されている。
今回の事態で韓国は抗議や非難で済ませられなくなった。与党「国民の力」の現職・前職議員たちからは「北朝鮮の核・ミサイルが韓国軍の通常兵器戦力を嘲笑(あざわら)うゲーム・チェンジャーであるように、韓国も新たなゲーム・チェンジャーをつくるため、バイデン大統領と核シェア、戦術核の再配備をめぐる交渉を開始すべきだ」(劉承旼・前院内代表)などという強硬論が上がった。
北朝鮮問題が専門の南成旭・高麗大学教授は「韓国の核による対北抑止は今後、恐怖の均衡を取る必要があり、二段構えになるだろう」と言う。「ひとまず低い段階で核兵器を搭載した米艦艇が日本など朝鮮半島周辺やグアムに居続ける方式(実質的核シェア)を米国に要求し、7回目の核実験が行われれば第二弾として戦術核を韓国内に再配備する(通常の核シェア)よう米に求める」(南氏)というものだ。
ただ、抑止力強化に偏るべきではないとの主張もある。李明博政権で青瓦台(大統領府)の外交安保首席を務めた千英宇氏は「抑止が失敗した時に北朝鮮の核使用を実力で阻む、いわゆる阻止も重要。地下貫通力を持ち、北朝鮮のミサイル基地を全て破壊できる弾道ミサイルが必要だ」と述べた。
韓国から実質的核シェアや戦術核再配備を要請されても、実際に米国がこれに応じる保証はない。
現在、米国は北大西洋条約機構(NATO)に加盟する欧州5カ国(ドイツ、イタリア、オランダ、ベルギー、トルコ)との核シェアに応じているが、5カ国には「加盟国1国が攻撃されたら加盟国全体への攻撃とみなす」という縛りがある。韓国の場合、「単独でシェアするため、同様な義務を負えるか疑問」(安保機関関係者)だ。
米国は親北反米路線を敷いた文在寅政権下で、韓国との合同演習縮小を余儀なくされた。「5年ごとに安保政策が180度変わる政権交代の可能性がある韓国を、米国や日本が全面的に信頼できるとは思えない」(元韓国外交部幹部)のが実情だ。
一部専門家の間では、韓国独自の核武装を進めるべきとの主張も聞かれる。今のところ韓国政府はこれに否定的な立場を固持。仮に核武装となれば、核拡散防止条約(NPT)を脱退することになり、NPT体制を中心とする「核なき世界」に逆行。国連安全保障理事会で制裁が話し合われる可能性があるなど、その代償は大きい。
世論調査会社の韓国ギャラップが先週実施した調査によると、北朝鮮によるミサイル発射について71%が「脅威」と答えた。国民に危機意識が広がる中、韓国核武装論の行方から目が離せない。
(ソウル・上田勇実)