「光州事件」描く映画の落とし穴

「義挙」か「暴動」か評価は正反対

文在寅前韓国大統領
文在寅前韓国大統領

事実と創作を混同する恐れ

1980年、韓国南部の全羅南道光州市で起こったいわゆる「光州事件」は韓国が民主化に向かう大きな転機となった。だがこの事件を「民主化を求める民衆の蜂起」とみるか、「共産勢力にそそのかされた反政府暴動」とみるか、視角の違いで正反対の評価が出て来る。

近年、韓国ではこの評価が分かれる事件を題材にした映画が作られるようになった。『華麗なる休暇』(2007年、邦題『光州5・18』)、『タクシー運転士』(17年、邦題『タクシー運転手 約束は海を越えて』)、『HUNT』(22年)などである。いずれもこの事件が何だったのかをざっくり知る上ではよくできた映画で、韓国が民主化へ向けて血を流した現代史をエンターテインメントとして見ることができる。

ところがだ。これらがノンフィクションかと言えば、当然そうではない。あくまでも創作である。しかも一方の視角で描かれた、むしろ世論誘導の意図さえ感じさせるものだとしたら、映画を見る視点は違ってくる。

月刊朝鮮(10月号)が「“政治映画”になった近現代史関連映画」の記事を載せた。同誌が問題にしているのが事件の犠牲者数であり、中でも「ヘリコプター射撃」である。『HUNT』では「(5月)18日から始まった鎮圧軍の発砲が10日間で3000人を超える死傷者を発生させ、21日にはヘリコプター射撃までありました」との台詞(せりふ)が登場する。

市民の犠牲者数をめぐっては今も議論が続いているが、「公式に確認された光州事件の民間人死傷者は死亡165人、負傷後遺症死亡376人、行方不明76人、負傷者3139人」だ。しかし、軍と民間人の犠牲者数をめぐっては公式発表をそのまま信じる韓国人は多くはない。実際には「数千人」が犠牲になったと“信じられて”いる。

映画にも取り上げられた「ヘリコプター射撃」については光州市が17年に国立科学捜査研究院に依頼して、全日ビルの弾痕を鑑定させている。結果は「ヘリの機銃掃射」と発表された。

左派の文(ムン)在寅(ジェイン)政権になってスタートさせた「国防部光州事件特別調査委員会」でもこの鑑定を採用し「光州で戒厳軍のヘリコプター射撃により良民が虐殺された」との結論を出した。

ところがこれは後になって否定されることになる。「19年、全(チョン)斗煥(ドゥファン)元大統領に懲役8カ月執行猶予2年を宣告した死者名誉棄損裁判の一審判決文でも『市民に向けられた照準射撃』でなく、『威嚇射撃』に限ってヘリコプター射撃があった」と後退した結論が出され、「国防部特委報告書が事実上、否定された」のだ。弾痕の鑑定も当初から多くの疑問が出されながら、その検証もなされなかった。

『華麗なる休日』も「最も事実歪曲(わいきょく)議論が大きい映画」だと同誌は言う。愛国歌(韓国国歌)を歌う市民らに向かって何の警告もなしに一斉に射撃する場面があるが、後に元老ジャーナリストの趙(チョ)甲済(ガプチェ)氏が月刊朝鮮で著した記事で、「そのような命令を下した将校はいなかった」し、「1995年のソウル地検と国防部検察部も『射撃命令はなかった』との結論を下した」と述べている。

『タクシー運転士』でも「愛国歌を歌っているのに軍人らがいきなり発砲した」という台詞が出てくる。

左派政権が登場してから、この手の事件はその呼称までが変わってきた。光州事件は当初「暴動」「事態」と言われたが「民衆抗争」「義挙」とまで呼ばれ、最終的に「5・18光州民主化運動」に落ち着いた。軍事政権時代は「北朝鮮の工作員や地下工作員らが軍の武器庫を破り、左派学生運動家や労働者を扇動し、民衆を巻き込んで起こした暴動」と言っていたものが「民主化運動」に姿を変えたのである。評価が完全にひっくり返ったのだ。

これらの映画は「ファクション」と呼ばれると同誌は言う。ファクト(事実)とフィクション(創作)を合体させた言葉だ。歴史的事実はさておき「しょせん作り物」「作家の創作を入れた」と逃げることができる。巧妙に落とし穴が用意されているのだ。フィクションをファクトと思い込む人が多く、大衆への影響力は侮れない。まして、外国人はこれがファクトだと思いかねない。韓国ではまだ現代史をめぐる評価が動きそうである。

岩崎 哲

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