と韓国の尹錫悦大統領(EPA時事).jpg)
先週、国連総会出席のため訪米した岸田文雄首相と韓国の尹錫悦大統領が約30分間「懇談」したが、最大の懸案である「元徴用工」をめぐる問題の解決は依然として不透明なままだ。韓国内の被害者中心ムードが立ちはだかり、歴史認識問題に対する日本とのスタンスの違いが改めて浮き彫りになっている。(ソウル・上田勇実)
尹氏は5月の就任以来、一貫して日本との関係改善に意欲を示してきた。そのためには「元徴用工」をめぐる訴訟の判決で差し押さえられた、被告の日本企業が所有する韓国内資産の現金化を防ぐことが喫緊の課題となっていた。日本側は現金化を実害と見なし、それに対する報復措置まで取り沙汰され、韓国側も現金化されれば両国関係が極度に悪化すると懸念していたためだ。
それだけに今回の「懇談」は関心を集めた。最後に日韓首脳が正式に首脳会談に臨んだのは、過度な反日路線に固執した文在寅政権時の2019年12月。今年6月に岸田・尹両氏が訪問先のスペインで初顔合わせした時は、短時間言葉を交わしただけだった。
だが、解決の糸口を見出すどころか、首脳同士の対面に前のめりだった韓国と最後まで慎重な姿勢を崩さなかった日本の違いばかりが目立った。背景には、韓国側から日本が受け入れられる解決案が示される見通しが一向に立たないことがあったようだ。
これまでに韓国政府は現金化回避へ官民協議体を発足させ、主に原告側の意見を聴取。原告側が協議体を離脱した後も「水面下でやり取りを続けた」(原告関係者)。朴振外相が自ら一部原告の自宅を訪問して慰労し、原告に寄り添う姿勢を示した。韓国政府は最も早い現金化の案件について、事実上これを防ぐ手立てとして最高裁に「政府として外交努力中」であることをアピールする意見書を提出し、思惑通り現金化は延期された。
官民協議体のメンバーでもある陳昌洙・世宗研究所日本研究センター長は「被害者を説得するまでには至らなかったが、現金化を止めた意義は大きい。後続訴訟の現金化も今回と同じパターンで当面回避されるのではないか」と述べた。
それにもかかわらず日本側は尹政権が両国の間に刺さった元徴用工問題の棘(とげ)を抜く解決案を示すとは確信できていないようだ。
陳氏は韓国大手紙への寄稿文で、協議体で話し合われた解決案の中身として、①日本企業に命じられた賠償金に対し(韓国の)第三者が併存的債務引受人(連帯保証人)になる②1965年の韓日基本条約で利益を得た韓国企業と日本企業による自発的寄付で賠償する③政府傘下の「日帝強制動員被害者支援財団」という既存の財団が賠償を実行する④被告企業も同財団に寄付する⑤被害者が望む日本企業による謝罪表明―の5項目を紹介している。
日本政府は、そもそも「元徴用工」の問題は「65年の日韓請求権協定に反する韓国大法院判決(18年)が発端」で、韓国政府にはそれによって生じた「国際法違反の状態を是正する義務」があり、それ以降「ボールは韓国側にあり、この期に及んでなぜ日本に助け舟を求めるのか」という立場で一貫している。ところが、韓国で話し合われている解決案には日本の“出番”も少なくない。
韓国社会には被害者の声を無視できない被害者中心ムードが漂っている。特に日本絡みの歴史認識問題ではそうだ。それだけに「韓国社会で最も難しい被害者説得という難題に取り組んでいるのだから、日本も手助けしてほしい」というのが尹政権の本音だろう。それが解決案にある「日本企業も寄付」「日本企業の謝罪」という内容ににじんでいる。
しかし、それは慰安婦問題に見られたように、ややもすると被害者中心を口実に自分たちの利益を追求する歪んだ反日運動を助長することになりかねない。現に「一部原告は問題解決を阻むこと自体を目的に動いている」(協議体関係者)という。
「元徴用工」問題の解決が見通せない背景には、支持率低迷に悩む両首脳の国内事情もありそうだ。岸田氏は対韓強硬論者が多い最大派閥・安倍派の手前、韓国への譲歩と映る妥協や首脳会談には消極的。尹氏も被害者の声を十分反映させないまま見切り発車的に日本と事を進めれば「親日派」のそしりを免れない。