コロナ禍まで政治利用 陣頭指揮で“献身”誇示 北朝鮮・金正恩氏

防疫失敗の責任は幹部に 国境封鎖は自画自賛

2021年4月8日、北朝鮮の平壌で行われた朝鮮労働党の細胞書記大会で、閉会の辞を述べる金正恩総書記(朝鮮通信・時事).jpg

今月12日に突然、新型コロナウイルス初感染の「事実」を発表し、「最大非常防疫体制」への移行を宣言した北朝鮮。だが、当局が発表する感染者数の急激な増減には不自然な部分もあり、実態は定かでない。代わりに目立つのは防疫対策に奔走し、世界に類を見ない2年以上の「ゼロ・コロナ」を実現させたという金正恩総書記を称えるムードだ。そこからはコロナ禍まで政治利用しようという思惑が浮かび上がる。(ソウル・上田勇実)

北朝鮮メディアによると、今月8日に首都・平壌のある団体に所属する複数の発熱者から採取した検体を遺伝子検査したところ、オミクロン株と一致したこと、すでに全国的に感染が広がっていることなどが正恩氏に報告された。

感染は先月下旬、全国から数万人を動員して平壌で実施された軍事パレードなどが発端になったという見方が強い。そして以前から感染者が発生していながら「ゼロ・コロナ」で押し通し、今になって認めたことに関しては「平壌で秘密に伏せておくのが難しいほど感染が広がったため」(北朝鮮情報筋)との見方が出ている。

保健当局は連日、全国の1日当たり新規「有熱者」(感染者)数を発表しているが、問題はその信憑(しんぴょう)性だ。12日基準では約1万8000人だったのが、13日約17万人、14日約30万人、15日約39万人と急拡大。しかし、これを境に16日は逆に約27万人に減り、29日はピーク時の4分の1水準である約10万人まで減った。いかに都市封鎖(ロックダウン)をしたとしても、増加と減少があまりに短期間のうちに起こり、かつ急激ではないか。

死亡者も26日現在計69人、致死率はわずか0・002%だ。これは日本(0・35%)や韓国(0・13%)はもちろん、世界的に致死率が低い台湾の0・01%よりも圧倒的に低い。西側諸国のワクチン提供を拒否し、劣悪な衛生環境や慢性的な栄養失調で免疫力が低い北朝鮮で、果たしてこの数字は可能なのか。

これらの点について北朝鮮情勢に詳しい元韓国外務省幹部は「感染を正確に検査できる医療体制さえない北朝鮮の統計はデタラメに近い」と指摘する。韓国の新型感染症専門家でソウル大医学部教授の呉ミョンドン氏も先日、公開討論会で「香港の事例を基に推定される北朝鮮での実際のオミクロン株感染による死者は約3万5000人」と述べた。

発表される統計の不自然さにも増して目に付くのは、防疫の陣頭指揮を執る正恩氏や防疫政策の指示を出す朝鮮労働党に対するイメージアップや称賛だ。

正恩氏は国内の感染拡大を「建国以来の大動乱」と位置付け、非常事態に立ち向かう指導者像をアピール。党幹部を集めた防疫対策会議に自らマスクを着用して登場したり、深夜と思われる時間帯に会議を開く様子を全住民が視聴できる朝鮮中央テレビで放映し、“献身”的イメージを植え付けようとしている。

「ゼロ・コロナ」と宣伝していた2年余りについて、26日付の党機関紙・労働新聞は中朝国境を封鎖した防疫対策が「最も確かで先制的」だったとし、「総書記同志(正恩氏)の輝かしい先見の明と大胆な決断」のおかげと持ち上げた。

そして感染の勢いが弱くなった頃を見計らうように、今度は「党会議で下達された措置は最も科学的で効率的だった」(同紙27日付)ため、「最大非常防疫体制が稼働して10日もたたないうちに肯定的推移を見せた」(同)と、感染減を自画自賛した。

その一方で、正恩氏は会議でコロナ感染を許したとして幹部を叱責。一般住民の批判の矛先が「防疫に失敗した幹部」に向かうよう仕向け、自身はそんなだらしない幹部を叱責する責任感溢れる指導者を演出している。

今北朝鮮は、コロナ抑え込みだけでなく、感染爆発に対しても「正恩氏と党の権威を高めることに巧みに利用する金正恩式コロナ政治」(北朝鮮専門家)に余念がないようだ。