文前大統領の疑惑にフタ? 波紋呼ぶ韓国の検察骨抜き法

尹政権、訴追の手緩めず 専門家「明白な違憲」

4月30日、国会で「検捜完剥法」に反対する野党(当時)「国民の力」の議員たち(韓国テレビから)

韓国国会で今月初め、重大犯罪に対する検察の捜査権を大幅に制限する関連法の改正案が通過し、波紋を呼んでいる。多数派の革新系野党「共に民主党」が文在寅前政権下での疑惑をめぐる検察の追及をかわすため、尹錫悦政権が発足するまでの短期間に性急に進めたもので、保守派を中心に反発が広がっている。(ソウル・上田勇実)

「検捜完剥法(検察捜査を完全剥奪する法律)という世界でも例を見ない悪法が成立してしまった。恥ずかしい」

先週、法相内定者の国会人事聴聞会で与党「国民の力」の趙修真議員はこう述べた。

通称、検捜完剥法は文氏が任期中に掲げてきた検察改革の総仕上げとされるもの。表向きの理由は検察が肥大化、権力化したとして、これを正常化させるためだが、実際は退任後に検察による疑惑追及の手を逃れる、極めて身勝手な保身が目的だ。3月の大統領選で政権交代が決まったことを受け、共に民主党は大急ぎで法案を通過させてしまった。4カ月後の今年9月から施行される。

当初、共に民主党は検察が捜査すべく大統領令で定められていた6大犯罪、すなわち不正腐敗犯罪、経済犯罪、公職者犯罪、選挙犯罪、防衛産業犯罪、大型惨事について、検察の捜査権を全て警察に移管し、検察は起訴権のみを有する法案を準備した。

しかし、保守派が猛反発し、世論も悪化したため、最終的に検察の捜査範囲を「不正腐敗犯罪、経済犯罪など」として六つのうち二つを認め残り四つを制限することで与野党が合意した。

この結果、一体何が起きるのか。韓国のある元検察幹部は次のように憂慮する。

「蔚山市長選挙への大統領府介入や月城原発の経済性をめぐる虚偽報告書など、文氏らをめぐる疑惑の多くは公職者犯罪に該当し、今後は検察が捜査できなくなる。検察官たちは権力の不正に立ち向かう自負心を捨てなければならず、存在意義も見いだせなくなる。辞表を出す人が続出するのではないか」

また国民も甚大な被害を被るという。

「そもそも重大犯罪では検察が捜査の総責任者で警察は補助役にすぎないが、同法ではこれを逆さまにした。ただでさえ軽犯罪への対応や警備など日常業務に忙殺されている警察に重大犯罪の捜査まで押し付けるのは無理な話。結局、全ての業務が遅れ、市民にとってはいい迷惑だ」(前出の元検察幹部)。

尹氏は大統領になる前、検事総長に抜擢(ばってき)される際に文氏から「生きた権力」への徹底捜査を注文され、その言葉通りに文氏の疑惑に捜査のメスを入れようとした。ところが、文氏の恨みを買って辞任に追い込まれ、今度は大統領として再び文氏の疑惑に立ち向かう。検察骨抜きともいえる今回の法律に対し、尹氏はいくつかの理由で「検察捜査は可能」と考え、訴追の手を緩めない構えだ。

まず、同法について多くの専門家は「検察の権利を保障した憲法に明らかに違反する」と指摘していて、実際に憲法裁判所に違憲審査申し立てが行われた。違憲判決が下りれば法律自体が無効になる。

また、共に民主党が拙速に法案可決を進めた過程で、既存の法律と新しい法律の適用時期を定めた「経過規定」が附則から抜け落ち、9月の法施行以前に捜査を開始すれば、その後も継続捜査が可能だという解釈が成り立つ。

さらに検察と警察の連携を強化し、検察内部に合同捜査本部を置くなどして「捜査力の低下を最小限に抑えられる」(韓国メディア)という。

韓国では政権交代が起きるたびに、退任後の前大統領が現大統領の政治報復を受ける悲劇が繰り返され、そうした悪循環を断つべきという声は多い。

ただ、文政権は多くの権力型不正疑惑にまみれた。検事時代の尹氏自身がそうであったように、政治的忖度(そんたく)抜きに徹底捜査が進められるとの見方が強い。

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