
政策の実践的方法論見えず
10日スタートした尹錫悦(ユンソンニョル)政権は劣悪な経済状況に直面している。景気は沈滞し物価は高騰するスタグフレーションが迫っている。専門諸機関が一斉に今年の経済成長率予想を2%台に下方修正した。経済状況がどれくらい悪化するか分からない。
文在寅(ムンジェイン)政権は予算拡大で経済を活性化させる所得主導成長政策を行ったが、期待とは違って潜在成長率と雇用能力が低下し政府の借金だけが増える副作用を生んだ。こんな状況で想定外の新型コロナ事態が発生し、ウクライナ戦争のためサプライチェーン(供給網)が崩れて物価が暴騰、経済がスタグフレーションの罠にはまった。
韓国銀行は0・5%だった政策金利を1・5%に上げた。追加の引き上げも避けられない。家計と企業の民間負債が4500兆ウォンに達し、政府の負債も1000兆ウォン規模だ。国内総生産(GDP)の2・7倍を超える。連鎖倒産がいつ起きるか分からない。
尹政権は経済政策の基調として民間が引っ張って政府が押す民間主導の成長を選んだ。経済の中心を企業と国民へ切り換えて創意と活力が発揮されるダイナミックな市場経済をつくり、成長と福祉の好循環システムを構築する計画だ。
新政権の経済政策の方向は新しい成長動力を創出して雇用と所得を増やし、福祉を体系化する市場経済の発展という次元で望ましい。しかし、政策の実践的方法論が見えない。しかも、喫緊の課題であるコロナ禍とロシア・ウクライナ戦争、米国の金利引き上げ、サプライチェーンの混乱、物価急騰などはどのように解決するのか答えが見えない。
政府は経済が危機であることを国民に知らせて、大統領主導の下で非常経済対応体制を整えなければならない。昨年末終了した韓米通貨スワップもまた急がなければならない。破綻に瀕した家計と企業負債に対する構造調整も準備しなければならない。
新政権の民間主導成長を成功させようとすれば、規制改革と労働改革が必須だ。韓国は法律や政策で許容する事項以外の全てを禁止するポジティブ規制制度を持っている。これを根本的に廃止しなければ経済再生は期待できない。労働市場の柔軟化も急を要する。労組の行き過ぎた権益拡大で雇用と賃金の決定が硬直している。
成長動力の回復を土台に所得の両極化、青年失業、老人の貧困などの問題解決に努力を傾けなければならない。少子高齢化の解決策も探していかなければならない。不動産市場を安定させる政策を展開して住居安定を図るべきだ。脱原発政策を再検討し、エネルギー供給計画も新たに立案しなければならない。
問題は国会が与小野大(野党が過半数を握る)状態で与野党の対立が激しく、改革法案の処理と政策決定が難しいという点だ。大統領の疎通とリーダーシップの発揮、政界の協力に向けた努力が切実だ。
(李弼商(イピルサン)ソウル大経済学部特任教授・前高麗大総長、5月11日付)
【ポイント解説】尹新政権、喫緊の課題は経済
尹錫悦新韓国大統領の誕生を受けた論説が「経済再生」である。北朝鮮でもなく、米韓関係、日韓関係の改善でもない。韓国が直面している社会の分断、二極化よりも、まず取り組むべきは経済だということだ。
文在寅政権は韓国経済を危機に追いやった。所得主導成長政策はことごとく裏目に出た。これが文氏支持勢力の再選を妨げた最大の要因である。だからこれに取り組むのは新政権の当然の課題となる。
だが、論説でも指摘している通り、具体策がない。政権発足1日で具体策を出せと言うのも無理な話だが、早急に政策を打ち出し、実施していなかければ、祝賀ムードもすぐに萎んでしまうだろう。
しかも国会は文政権を支えてきた左派野党が多数を占め、大統領が出す政策にことごとく反対することが予想される。この状況は2年後の総選挙まで変わらない。6月1日には国会議員補選とともに統一地方選が行われる。この選挙で結果を出さなければ、いかに尹政権が経済再生に取り組もうと、国会の障壁で前に進めない状況が続く。
経済は韓国一国だけで成り立つわけではない。最大の貿易相手国は中国だ。「民主主義」「自由と人権」の価値観を前面に押し出し、日本、米国との「三角同盟」を鮮明にした尹政権が対中関係で政治と経済を分ける“ツートラック”をうまく運営できるか。
当面は厳しい政権運営に忙殺される。この時に不必要な雑音で尹大統領を悩ますことは避けねばならない。対日関係改善に意欲を示している。日本政府としても「ボールは韓国側にある」の一点張りではなく、新政権が示してくる対案に耳を傾け、まずは話し合いを続けていくことも必要だろう。話し合える相手ならば、傍観してあえて窮地に押しやる手はない。新政権誕生のたびに予想と期待を裏切られてきたトラウマをしばし脇に置いてみよう。
(岩崎 哲)