政治の駆け引きに翻弄
世宗市は2012年に発足した特別自治市だ。人口は30万人台なのに「特別自治市」という帽子からして似合わない。盧武鉉(ノムヒョン)政権の時に起工し幸福都市(行政中心複合都市、幸福と行複が同じ発音)と呼ばれた。中央の錦江が曲がりくねり低い轉月山を抱く盆地が今は徐々に都市の形を整えつつある。
なぜ世宗市をつくったか。ソウルが過密だから新しい行政都市をつくり人口を分散させようということだった。盧氏が大統領候補時に掲げた甘い公約だ。「首都圏抑制」と「国土均衡」というスローガンは選挙のたびに票を集める魔法の杖だった。
だが、顧みれば、盧政権の時にソウル人口は頂点を過ぎて少しずつ減っていた。首都圏抑制のため施行していた工場立地制限、グリーンベルトなど各種規制を徐々に解除し、新都市を作って首都圏の人口を安定的に管理していた時だった。
ところが突然“強制的人口疏開”に舵(かじ)を切ったからつじつまが合わない。行政府を移せば、民衆が次々と付いて行き、企業も次々と世宗市に向かうだろうか。国家主義に陥った政治家が夢見た蜃気楼であった。
実際に首都圏から世宗市に移住した雇用人口はせいぜい1万7000人(21年)とその一部の家族だ。公務員に特恵分譲された高層マンションはプレミアムが付いて売られ、世宗市の人口の大部分は周辺都市から“ストロー効果”で引き寄せられた人たちとなった。
世宗市に“島流し”された公務員は毎日、苦役で官職代を払う。多数の通勤バスが早朝から列をなしてソウル地域のあちこちから出発し、夜に帰ってくる(庁舎通勤バスは昨年末廃止)。月曜日に出勤し単身生活をし、週末に帰ってくる“離散家族”も多い。
現在、政府部処(省庁)は世宗に、意思決定する青瓦台(大統領府)と国会はソウルに、そして政策を執行する公共機関は全国各地の核心都市に分散している。長官(閣僚)たちはあちこち動き回って閣議を開き、局長・課長は長官以上に協議だ、決裁だとソウルに行き来する。情報、疎通、時間が即競争力である今日、このような非効率を引き続き無視するのか。
しかし今、世宗市政策を批判するのは消耗的だ。世宗市は不可逆的だ。すでに20兆ウォン超の資金が投資された。それなら青瓦台をはじめ国会、外交部など中央機関を全て世宗市に移して名実共に世宗市を首都にするのが最善ではないにしても、次善ではあり得る。
すでに世宗市原案には首都機能のための土地が確保されている。ところがこれまで政府は違憲論議ばかりして、ソウルで青瓦台中心の統治に慣れていた。来週就任する尹錫悦(ユンソンニョル)次期大統領は龍山で執務を始める。永久的なのか臨時なのかまだ明らかにしていない。行政機関が世宗市に移っているので青瓦台政府は“龍山政府”に変わるだろう。
国会は世宗分院をつくるというが偉い方々はヨイドに座って補佐官数人を分院に派遣するだろう。政治の駆け引きで生まれた世宗市はまだ宿題として残っている。
(李建榮(イゴニョン)元国土研究院長、小説家、5月3日付)
【ポイント解説】漂流続けるか首都移転
韓国で首都機能の地方移転構想が動き出したのは2003年、左派の盧武鉉氏が大統領に就任してからだ。しかし、憲法裁判所による違憲判断や保守政党誕生後の見直し、白紙化、修正案、原案推進と紆余曲折(うよきょくせつ)を繰り返し、さんざん政治に振り回されてきた。市庁舎が龍をモチーフにしたものだというが、この経過を示しているように見えるのが皮肉だ。
ソウルが過密であり、また北朝鮮と接する非武装地帯まで40㌔㍍と安保上の問題もあって、臨時首都移転計画は朴正熙(パクチョンヒ)時代には既に構想されていた。今では北朝鮮が長中距離ミサイルを持った以上、たとえソウルから120㌔㍍離れた世宗市に移ろうが、安保状況は変わらなくなってしまったが。
日本に限った話ではないが、コロナ禍で業務のリモート化が進み、さらには狭い都会を離れて、のびのびとした地方に移転する社員、会社も出てきた。IT化がもたらした“恩恵”だが、コロナが落ち着いて来てみると、若干の回帰現象も出てきている。やはり、業務は面を突き合わせた生のコミュニケーションが必要だし、アフター5の飲みにケーションも欠かせないというのだ。
韓国も事情は同じで、まして実体での会議、打ち合せが多い公務員はソウルとの往復が大きな負担となっている。ソウルから世宗市は、東京から宇都宮、前橋、甲府よりも遠く、車でも1時間半かかる。流入人口を見込んでアパート群を建設したものの、投機の対象となるなど、地域経済への貢献はいまいちというから課題は多そうだ。
不便で中途半端な世宗市を尹錫悦新政権はどうするのか。新都市建設は30年完成予定で、任期中の計画変更はさらに負担を大きくする。だが、これまで異を唱えてきたのは保守政党が多かった。尹新大統領は執務室を青瓦台から龍山へ移転する。前政権との違いを鮮明にするのは韓国政権交代の風物詩だが、世宗市がその俎上(そじょう)に載るのか。首都移転構想などとうに消え去った日本としても参考になる。
(岩崎 哲)