6月地方選にも影響
韓国の文在寅政権が、退任後に予想される自らと周辺が関わった不正疑惑に対する捜査を恐れ、それを回避する検察骨抜きの法案を国会で通過させようとしている。来月発足の尹錫悦新政権は検察人事などに影響力のある法相に最側近を登用して対抗する構え。早くも新旧政権が激突している。(ソウル・上田勇実)
与党「共に民主党」は先週、「検察捜査権の完全剥奪(略称、検捜完剥)」に関する法案を国会に提出した。「検捜完剥」とは文政権が掲げる検察改革の最終目標と言われ、検察の捜査権をなくそうというもの。昨年初め、大統領の意向通りに高位公職者の犯罪を処罰する独立機関を設置したのに続く措置だ。
この法律が施行された場合、検察は一切の捜査権を失い、起訴するか否かの判断だけが委ねられるため、事実上の検察骨抜きに等しい。
尹新政権発足を準備する政権引き継ぎ委員会は、この「検捜完剥」関連法について「憲法破壊行為だ」と反発。大統領に当選する前、尹氏は文政権の圧力で検事総長を辞任したが、その後任に文氏が選んだ現総長ですら「不正腐敗や大型金融詐欺、殺人などの強力犯罪など検察の捜査なしには不可能」だとして、文氏に抗議し、辞表を提出する事態となっている。
文政権が文氏に近い与党主流派を通じて検察骨抜きを進める理由は、他ならぬ退任後の保身だ。
文政権の5年間、さまざまな不正疑惑が浮上した。代表的なものとしては南東部・蔚山市の市長選に文氏が親しい人物を当選させるため青瓦台が介入した疑惑、文氏を支持した環境団体が求める脱原発路線を正当化させるために月城原発の経済性を意図的に低く評価させた疑い、庶民が敏感に反応する不動産投機に文氏と家族が関わった疑惑などがある。
検事時代にこうした権力型不正疑惑に捜査のメスを入れようとした尹氏が次期大統領に当選。文政権の不正疑惑について「積弊捜査はやるべき」「システムによって対応する」などと発言したことで、文政権の危機感は一挙に高まったとみられる。
与党の大統領候補として尹氏と一騎打ちを演じた李在明・前京畿道知事も文氏と同じ立場に立たされている。李氏は、市長時代に関わった大型新都市開発をめぐる不透明な巨額配当疑惑がくすぶっているほか、妻の弁護料を企業に肩代わりさせた疑惑など大小数多くの疑惑にまみれている。
「検捜完剥」は尹新政権の下で予想される前政権の不正疑惑への捜査を遮断する「防弾チョッキ」(韓国メディア)であり、「文氏と李氏を守るのが目的だということを知らない国民はいない」(同)ほど、そのやり方は露骨だ。
これに対し尹氏は、新法相に、検察で20年余り仕事をしてきた最側近の韓東勲・検事長を指名した。韓氏は指名後、記者団に「検察は陣営に関係なく法と常識に基づいて悪い奴らを捕まえればいい」と述べた。前政権への捜査に手心を加えるつもりはないことを示唆したものだ。
この人事について大手政策研究所の元所長はこう指摘する。
「尹氏による政治報復の始まりと受け止める向きもあるが、尹氏というより文政権下でさまざまな不利益を被るなど振り回された検事たちの方が報復したいと思っているようだ」
韓国では検察が政権の顔色をうかがって捜査の匙(さじ)加減を調整することが繰り返されてきたが、ここまで検察から恨まれた政権も珍しい。
与党は「大統領選での敗北は死も同然」と公然と語ってきたが、それは文氏退任後の不正疑惑への捜査を恐れたためで、今それが現実味を帯び始めている。
最新の世論調査では「検捜完剥」について「反対」(52・1%)が「賛成」(38・2%)を上回っている。双方とも意地と意地の争いで「劇場型」ともいえる新旧政権の激突は、6月の統一地方選にも影響しそうだ。