韓米同盟が基本、次に対中を、「政治が国民を分裂」と嘆く
5年前の韓国大統領選挙で、一時、候補に擬せられた潘(パン)基文(ギムン)前国連事務総長が、現在行われている大統領選に苦言を呈した。東亜日報社が出す総合月刊誌新東亜(2月号)で、「韓国のように政治が国民を分裂させる国を見たことがない」と嘆いている。
潘氏は外相を含めた外交官として32年間、国連事務総長として2期10年間を過ごした。その体験をつづった著書「潘基文 決断の時間」を最近出版している。これを機に同誌はインタビューを試みたのだが、「韓国が生んだ世界的外交官」の回顧談を聞こうとの企画ではない。もともと「史上最低の事務総長」との酷評もあった潘氏から、聞くべき話があるかどうかは疑問だが。
しかし、前回の選挙では陣営に偏らない支持を得ていた潘氏である。同誌は党派に分かれて分裂・対立している現状に対して、大所高所からの意見を期待したのだろう。
まず、今の韓国に求められているリーダーシップについて、立候補を表明している4人ともに、それを「備えているのか心配だ」と述べる。これはだいぶ深刻な認識である。「誰がなろうが心配だ」ということだ。大統領になってから、突然、卓越した指導力を身に付けるということはない。
とはいえ、次期大統領が「至急に解決すべき課題」として、外交・安保への認識を挙げた。体制を異にする分断国家で、核・ミサイルの脅威に晒(さら)され、米中対立の前線に立たされている韓国にとって、これが最も重要である。
潘氏は、「韓国では、韓半島有事の際、米国が軍事的に自動介入すると誤解している人もいる」とし、米大統領の判断で先制的に措置できるものの、「60日以内に議会の同意を得る」必要がある事情を説明する。自動介入できるのは北大西洋条約機構(NATO)だけだ。
そのためには、「韓国は韓米同盟で安保をしっかり確保し」なければならず、韓中関係はその次に「考慮しなければならない」ことだと述べる。
文(ムン)在寅(ジェイン)政権では、極端な中国配慮が目に付いた。安保を米国に頼る一方で、貿易では中国を最大の相手としながら、米中対立の間で曖昧な態度に終始した。これに対して、潘氏の回答は明快である。まず堅固な米韓同盟、その次に中国との付き合いを考えていくことだと言い切っている。
潘氏は、「安保が揺れれば経済がうまくいかない。戦争の脅威がある国に誰が投資し、観光に来るか。確かな安保土台の上で経済発展が可能だということを忘れてはならない」と文在寅政権の“中国傾斜”を戒めた。
次に取り組むべきことは「国民統合」だ。「50年近く公職で仕事をしながら、今のように国民が極端に分裂した姿を見たことがない」と嘆く。
確かに、今の韓国社会は一部の富裕層と庶民に分断されている。富裕になるためには一流企業に入らねばならず、そのためには一流大学に行かねばならず、そのため激しい受験戦争が繰り広げられる。これさえも、所得によって学習の環境と質に差がつく。
低学歴で、就職もままならず、結婚もできない若者世代が多い。「巣を作れない動物は繁殖できない」という野生の掟(おきて)なのだ。
また、理念対立も激しい。50代60代は彼らが学生時代を過ごした時代背景から「進歩」「左傾」の傾向が強いのに対して、それ以上の世代と若年層では保守的傾向が支配的だ。この世代間の理念対立をどうコントロールしていくか、と考えれば、候補者たちが「リーダーシップを備えているか」と心配にならざるを得ない。
潘氏の「韓米同盟が基本」という考え方は明快だが、このこじれた韓国社会を再統合して、外交・安保を立て直していくのに、それを実行できる次期大統領がいるのか、「それが心配」という潘氏と同誌。結局、答えはないのである。
編集委員 岩崎 哲