醜聞合戦、非好感度比べ?
保守一本化の行方も影響
3月9日投開票の韓国大統領選は、革新系与党「共に民主党」の李在明候補と保守系最大野党「国民の力」の尹錫悦候補による一騎打ちの構図だったが、このところ支持率急上昇中の中道系野党「国民の党」の安哲秀候補を加え、3氏が争う展開になっている。だが、米中対立や北朝鮮の軍事的脅威など韓国が直面する安全保障の課題は相変わらず選挙の争点にすらならず、これを嘆く声も上がっている。
(ソウル・上田勇実)
「敗北は死」与党に危機感
今回の選挙は、韓国を取り巻く安全保障環境が厳しさを増す中で行われる。中国は香港や自治区の新疆ウイグル、チベットに対する人権弾圧をやめず、台湾への武力侵攻に現実味が帯び始めるなど、その覇権主義が問題視されている。北朝鮮は年明けから各種ミサイル発射を繰り返し、核実験・大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射の再開まで示唆した。
だが、安保危機に対する候補間の政策論争は活発とは言えない。本来なら民主主義陣営にとって深刻な脅威となっている中朝両国に対し、李氏は融和や配慮ばかりが目立った文在寅政権の路線に同調するかのように沈黙。文氏の親中・親北姿勢を「失敗」と批判して早々に李氏を牽制(けんせい)すべき尹氏は、昨日ようやく追加の外交・安保公約を発表したが、これが争点化するかは未知数だ。
主要候補たちにしてみれば「それどころではない」というのが本音のようだ。投票日までわずか40日余りを残すのみとなったが、特に李氏と尹氏の支持率1位、2位が頻繁に入れ替わる大混戦模様だからだ。そのため票につながりにくい安保関連の公約を発表するよりは、手っ取り早く敵陣にダメージを与えられる「醜聞の効果」にしがみついている。
李氏には市長時代の新都市開発や家族・親族をめぐる不正疑惑がくすぶっており、尹氏も自身の失言や夫人の不適切発言に関する録音テープの暴露などで揺れる。双方とも「非好感度をどれだけ抑えられるか」の争いに余念がない。連日のように醜い争いを目の当たりにさせられ、「候補を選び直してほしい」と本気で思う有権者も少なくない。
安保政策論争が鈍いといっても過言ではない今回の大統領選を一喝する識者もいる。韓神大学の尹平重名誉教授は韓国紙への寄稿で「外交・安保を軽視する韓国人の自閉的認識を鮮明に表している。国家存続を脅かす外敵より国内の政敵を憎悪する韓国人が多いというのは社会的疾病だ」と述べた。
また保守系日刊紙・文化日報はコラムで、今回の大統領選は「韓国の民主主義が持続するか否かを占うと同時に、アジアに地政学的変化をもたらす可能性がある重大なイベント」と指摘し、「中国恐怖症を克服し、韓米同盟に基づいた自由主義陣営のグローバル供給網に参加して国富を蓄え、安保を強化する人物と勢力が今後5年間を率いるべき」と訴えた。
党の内紛などで支持率が一時、李氏を10ポイントほど下回った尹氏は、その直後の選挙対策本部の立て直しでV字回復に成功し、今週初めに発表された各種調査ではいずれも40%を超え、逆に李氏を最大10ポイント上回った。一方、安氏は尹氏陣営がドタバタしている間に一桁だった支持率を10%以上までにアップさせている。
今後の焦点は、文氏の国政運営を痛烈に批判し、政権交代を訴える安氏が尹氏との保守候補一本化を進めるか。一本化が実現すれば政権交代の可能性は一気に高まる。
ただ、与党は「政権を失えば自分たちは死んだも同然という危機感」(韓国大手紙)を抱いている。韓国では新政権が政敵である旧政権を司法などの裁きに掛ける報復政治が繰り返されたが、「次は自分たちがやられる番」と考え、政権交代阻止に必死なのだ。