日本の終戦記念日に当たる8月15日はローマ・カトリック教会では「聖母マリアの被昇天」の祭日だ。レオ14世は同日午前10時、ローマの郊外の教皇の夏の別荘カステル・ガンドルフォにあるサン・トンマーゾ・ダ・ヴィラノーヴァ教会(教皇の小教区教会)でミサを執り行った。
「聖母マリアの被昇天」とは、イエスの母マリアが地上の生涯を終えた後、霊魂と身体とともに天の栄光へと上げられたことを指す。ローマ教皇ピウス12世(在位1939~58年)が1950年、教義として正式に定義したものだ。ただし、聖書にはどこにもそのようなことは記述されていない。その意味で、聖母マリアが、その母アンナの胎内に宿ったときから原罪を免れていたことを祝う『聖母マリアの無原罪の御宿り』(12月8日)と共に、「聖母マリアの被昇天」は聖母マリアに関する古くからのキリスト教の伝承に基づいて教義化されたものだ。マリアの死と天への移行を扱う伝承は古く、5~6世紀ごろには東方キリスト教世界で発展した。

「イエスの昇天」と「聖母マリアの被昇天」の違いについて、オーストリア・カトリック通信は「キリストは自らの力で神のもとへと昇られたが、マリアは天へと引き上げられた。ドイツ語ではどちらも昇天と呼ばれるが、ラテン語では『Assumptio Mariae(マリアの被昇天)』と『Ascensio Christi(キリストの昇天)』というように、その区別は明確だ。
「聖母被昇天の祝日」の15日、カトリック教国ポーランドで欧州最大となる聖母マリア像の祝福式が行われた。像は、人口140人足らずのポーランド中部コノトピエ村の畑の中にそびえ立ち、その高さは55メートルに及ぶ。この聖母マリア像は、それまで欧州最大だったフランス南東部ミリベル近郊の聖母像を約23メートル上回る。「慈悲深き聖母」と名付けられたこの新しい像は、2,500立方メートル(250万リットル相当)のコンクリートを使用して建設された。像自体の高さは40メートルで、王冠の形をした15メートルの台座の上に立っている。

この像の建設に資金援助したのは、大富豪のロマン・カルコシク氏と妻のグラジナさん。ポーランドのメディア報道によると、2人はこのプロジェクトのために私財から2,000万ユーロ以上を投じたという。世界で最も高い聖母マリア像はフィリピンのバタンガス市の巡礼地に位置する「すべてのアジアの母(Mother of All Asia)」(別名「平和の塔」)で、その高さは98メートルだ。
この巨大像を巡って、カトリック関係者からも批判的な声が出ている。ドミニコ会のパヴェウ・グジンスキ修道士は、この像を「小さな怪物」と呼び、「野原の真ん中に立つこの『キングコング』は、『金の仔牛(偶像)』の一種だ」と語った。一方、グニェズノ大司教区のズビグニェフ・プシビルスキ事務局長は、この像を建てた実業家について、「個人的な信心深さ」によるものだと評価している。
では、カトリック教会ではなぜマリアへの特別な崇敬が発展したのだろうか。キリスト教では神が「父」として理解され、義や裁きを行う存在としても捉えられてきたが、一つの宗教社会学的な説明としては、キリスト教社会における母性的・慈愛的な宗教感情の受け皿として、マリアへの崇敬が発展したと考えることもできる。慰めや癒しを求める信者にとって、マリアは母性的な慈愛を象徴する存在となり、そのことがマリアへの特別な崇敬を発展させる一因になった、と見ることができる。
カトリック教会でのマリアへの崇敬の歴史は長い。マリアの神学的な意義などを学ぶ「マリア神学」があるほどだ。マリアへの崇敬は古代から存在するが、20世紀には新たな展開を見せ、特にヨハネ・パウロ2世(1978~2005年)は、歴代教皇の中でも特に強くマリアへの崇敬を打ち出した一人だった。ヨハネ・パウロ2世は『Co-redemptrix』という称号を少なくとも7回使用したが、1996年以降、この称号を使った例は確認されていない。2025年には教理省が、この称号は誤解を招くため使用すべきではないとの見解を示した。







