
ドイツのショルツ前首相は2021年12月の政権発足直後、「私たちは時代の転換期に直面している」と述べたが、メルツ首相は新年の国民向けスピーチの中で「われわれは歴史的転換期に向き合っている」と表明した。前・現首相の発言はニュアンスこそ少し異なるが、その意味するところは同じだ。世界第3位の経済大国・ドイツは現在、停滞する国民経済の回復、新しい時代に適応した社会保障制度の構築、そしてロシア軍のウクライナ侵攻が契機となって浮上してきた国家の安全保障体制の再考まで多くの課題に直面している。
メルツ政権は発足以来、安定政権からは程遠い状況下にある。メルツ氏は連邦議会での首相選出の1回目投票で落選し、2回目でようやく念願の首相に就任するという異例のスタートを切った。また、野党の極右政党「ドイツのための選択肢」(AfD)は、複数の世論調査では既に与党政党を抜いて第1党に躍進している。しかし、ぐずぐずしてはいられない。政権が迅速に取り組まなければならない課題が待っているからだ。
欧州の輸出大国ドイツの国民経済は23年、24年と2年連続でマイナス成長(リセッション)だった。25年は政府や経済研究所の予測でゼロ成長(0・0%~0・3%程度)にとどまるか、小幅なマイナス成長となる可能性があるが、3年連続の景気低迷が続いている。22年のロシアによるウクライナ侵攻に伴うエネルギー危機や中国向け輸出の減少が主な要因だ。
例えば、中国製の電気自動車(EV)の欧州進出でドイツの主要自動車メーカーは青息吐息の状況だ。欧州連合(EU)欧州委員会は先月16日、35年から予定していたガソリン車などエンジン車の新車販売禁止措置を見直す方針を発表したが、専門家は「今後10年間でeモビリティが主流になる。内燃機関の禁止が解除されたとしてもそのトレンドは変わらない」と予測している。中国市場に依存してきたドイツの自動車メーカーは今、軌道修正を強いられている。
メルツ政権の重要な課題の一つは不法な移民、難民問題の解決だ。発足直後、国境監視を強化する一方、国内の不法な移民、難民を強制送還してきた。メルツ政権の強硬な難民・移民政策はメルケル政権(在任05年11月~21年12月)の「難民ウェルカム政策」との完全な決別を意味する。
ドブリント内相は昨年11月3日、「ドイツでは既にアフガニスタンへの犯罪者の送還を開始した。また、定期便による定期的な送還の実施にも取り組んでいる」と語った。ドイツには約95万人のシリア人が滞在している。メルツ首相は「シリア内戦は終結した。ドイツに難民を受け入れる根拠はない」と強調している。
ドイツ連邦議会(下院)で12月5日、二つの重要な法案、「年金改革法案」と新たな「兵役法」が可決された。ドイツは日本と同じように、急速な高齢化により、法定年金のコストは年間約3600億ユーロ(約65兆円)、国内総生産(GDP)比8%となっている。米紙ウォール・ストリート・ジャーナルによると、給与税だけでは年金給付を賄えず、24年は社会保険制度全体で960億ユーロの不足分を補うために一般税収に手を付けることを余儀なくされた。
また、連邦軍の強化を目的とした「新たな兵役法」は主に志願制をベースとした兵力の大幅な増強を盛り込んでいる。新年から18歳になる男子全員に適性検査を義務付ける。新兵が不足する場合は、さらなる立法府の決定を経て、義務的な兵役を導入することが可能となる。ピストリウス国防相によれば、現役兵を35年までに現在の18万3000人から25万5000人ないし27万人まで増加させるほか、さらに20万人の予備兵を募集する予定だ。
間もなく5年目に突入するウクライナ戦争についてメルツ首相は「この戦争はわれわれの戦争だ。われわれの安全、自由が身近に危険にさらされている」と指摘。「敵対的なロシア軍への対応と米軍の欧州からの撤退を想定し、装備が不十分な連邦軍を強化、軍事費を大幅に増額して欧州最強の通常軍を作り上げる」と宣言している。
メルツ氏は新年のメッセージの最後に、「歴史的転換期にあるドイツは大国の手にもてあそばれるボールとなることなく、被害者意識を乗り越え、自力で課題を解決できることを確信している」と述べた。「米国第一」のトランプ政権を意識した発言とみられ、欧州の大国ドイツの力量が問われる一年となりそうだ。
(ウィーン小川 敏)
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