
バチカン教理省長官ビクトル・フェルナンデス枢機卿は11月25日、バチカンの「一夫一婦制」に関する教理的覚書(「一つの体、一夫一婦制への賛辞」を公表した記者会見で、独身制を守る聖職者の「孤独」と未成年者への「性的虐待」問題との間には関連性があることを認めた。オーストリアのカトリック通信(KNA)が報じた。(ウィーン小川 敏)
バチカン教皇庁内の教理省は、以前は「異端裁判所」と呼ばれ、カトリック教理の番人だ。
カトリック教会では過去、独身義務と虐待の関連性について議論が飛び出したことがある。独身を危険因子と見なす専門家もいれば、関連性は証明されていないと考える専門家もいた。
教理省長官の発言はバチカンのこれまでの見解とは明らかに異なる。バチカンは聖職者の「独身制」と「性犯罪」との間には関係がないという立場を取ってきた。フェルナンデス枢機卿の発言は「聖職者の未成年者への性的虐待が聖職者の独身という状況から生まれる」ことを強く示唆するものだ。もし両者に密接な関係があることを認めれば、バチカンはなぜ聖職者の未成年者への性的虐待問題を解決するために独身制を廃止しないのかと追及されることにもなりかねない。
アルゼンチン出身のフェルナンデス枢機卿は「空虚感、孤独感、そして精神的な問題は、他の方法で解決しなければならない。独身の神父は、自身の欲求を満たすために他者を利用するのではなく、他の道を探さなければならない」と述べている。同枢機卿の発言は、生涯独身生活を義務付けられる聖職者の「孤独」を実体験したことから出たものだ。
オーストリア教会の高位聖職者は数年前、「性犯罪は教会だけの問題ではない。一般社会の性犯罪件数は教会の聖職者のそれよりはるかに多い」と述べ、聖職者の独身制と性犯罪は無関係だと弁明した。
教会法によれば、神父は「天の御国のために完全かつ永続的な貞潔を保つ義務を負い、従って独身を貫く義務を負う」(教会法典第277条)。神父が、たとえ民事上の形式にすぎなくても結婚を試みた場合には、停職の刑罰を受ける。警告にもかかわらず罪を犯し続ける場合は、段階的に権利を剥奪し、場合によっては聖職者職からの解任という罰を受ける。
教会成立初期の数世紀の間、既婚の教区指導者と未婚の教区指導者が共存していた。しかし、西暦300年ごろ、スペインの都市グラナダ近郊で開催されたエルビラ公会議で、神父たちは妻帯を控えるように指示された。1139年の第2ラテラン公会議で現行の独身制が施行された。聖職者に子供が生まれれば、遺産相続問題が生じる。それを回避し、教会の財産を保護する経済的理由が(聖職者の独身制の)背景にあったという。16世紀のトレント公会議と1960年代の第2バチカン公会議は独身制を再確認した。
ローマ教皇選出前は教理省長官だったべネディクト16世(在位2005年4月~13年2月)は「聖職者の独身制は教義ではない。教会の伝統だ」と述べている。カトリック教会では通常、聖職者は「イエスがそうであったように」という理由から、結婚を断念し、生涯、独身で神に仕えてきたが、教会史家ヒューバート・ウルフ氏は神父の独身制を「つくり出された伝統」と呼んでいる。
フェルナンデス枢機卿は1990年代、『神秘的な情熱―精神性と官能性」
』と題した本を書いているが、教会内の保守派から当時、批判の声が上がった。前教皇フランシスコに教理省長官に任命され、枢機卿に選出された。バチカンではリベラル派と受け取られている。
いずれにしても、聖職者の「独身制と性犯罪」との関連性を認めたフェルナンデス教理省長官の発言が教会内外で議論を引き起こすことは必至だ。





