トップ国際欧州ウクライナ 要衝ポクロフスクを放棄か 前総司令が批判、政府内に軋轢も

ウクライナ 要衝ポクロフスクを放棄か 前総司令が批判、政府内に軋轢も

ウクライナ東部ドネツク州の前線を視察するゼレンスキー大統領(中央)=9月18日(ウクライナ大統領府提供)(AFP時事)
ウクライナ東部ドネツク州の前線を視察するゼレンスキー大統領(中央)=9月18日(ウクライナ大統領府提供)(AFP時事)

 ウクライナ軍のグナトフ参謀総長は7日、ロシア軍の猛攻が続く同国東部ドネツク州の要衝ポクロフスクを放棄する可能性を示唆した。ロシア軍はポクロフスク掌握を足掛かりに、クラマトルスクなど州北部の主要都市を攻略し、同州全域を制圧する構えだ。一方で昨年2月にウクライナ軍総司令官を解任されたザルジニー駐英大使が「時期を逸した撤退だ」と批判するなど、政府内の軋轢(あつれき)も表面化している。(繁田善成)

 ドネツク州全域の制圧を目指すロシア軍は昨年8月の時点で、ロシアのメディアが「ドネツクの玄関口」と呼ぶポクロフスクから約10㌔の地点まで部隊を進めた。ポクロフスクは要塞(ようさい)化されており、ウクライナ軍の東部防衛線の重要拠点だ。

 ロシア軍がポクロフスクを掌握すれば、ウクライナが支配するドネツク州の2大都市、スラビャンスクとクラマトルスクを攻略する足場となり、同州全域の制圧が視野に入る。

 ポクロフスク方面へのロシア軍の攻勢を許したのは、ウクライナの戦略ミスの結果でもある。

 昨年8月にウクライナ軍は、ロシア西部のクルスク州に越境攻撃を行い一部地域を占領した。ゼレンスキー政権はロシアとの停戦交渉に備え、取引材料として使える占領地を確保したい考えがあったとみられる。

 ウクライナ軍が、東部防衛線から一部の精鋭部隊を引き抜きクルスク州に差し向ける一方で、ロシアはこの“陽動”には乗らず、10万人以上の兵力を投入しポクロフスク方面に攻勢を掛けた。

 ウクライナ軍の防衛線は各地で崩れ、昨年10月以降、ロシア軍は急速に占領地を拡大し、これまでにドネツク州の約9割を制圧した。一方でロシア軍は4月末、クルスク州の完全な支配を取り戻したと発表した。

 ポクロフスク周辺は開けた平地だ。ウクライナ軍が市街地の建物を射撃陣地として使える一方で、侵略してくるロシア軍が利用できる遮蔽(しゃへい)物は少ない。

 ウクライナ軍は数の上で劣勢ながらも、1年近くにわたりロシア軍の猛攻に耐えてきた。これに対しロシア軍は、自軍兵士の犠牲をいとわない「肉ひき機」作戦を採り、陣地を広げてきた。

 ロシア軍はポクロフスク西部の市街地に侵入し、市街戦が始まった。市街戦での防衛にはより多くの兵力が必要であり、ウクライナ軍は後退を余儀なくされた。ロシア軍は包囲を狭めつつあり、ウクライナ軍部隊が取り残される恐れもある。

 ウクライナのグナトフ参謀総長は7日、「ポクロフスクに関するすべての決定は軍司令部によって行われ、その結果は発表される」と述べるとともに、ポクロフスクを放棄する可能性を示唆した。

 ロシア軍がポクロフスクを制圧すれば、2024年2月にドネツク州最大の要塞アウディイウカを陥落させて以来の大きな“戦果”となる。

 一方で、ゼレンスキー大統領によって昨年2月、ウクライナ軍総司令官を解任され、その後駐英大使に転出したザルジニー氏は7日、ポクロフスクを取り巻く情勢について「時期を逸した撤退だ」と公然と批判した。

 ザルジニー氏は22年、ウクライナ軍総司令官として、ロシア軍の侵攻から首都キーウを防衛することに成功し、その後もロシア軍に制圧された領土の半分近くを奪還した。

 兵士の犠牲を極力少なくしようとする姿勢がウクライナ国民の間で高い人気を得ていたが、ゼレンスキー大統領との確執が広がり、総司令官を解任された。駐英大使への任命は「ウクライナから遠ざけるため」とも言われている。

 この批判は、ポクロフスク死守にこだわってきたゼレンスキー大統領に向けられたもの、と捉えられている。ウクライナ軍や市民に多くの犠牲が出ている中で、政府内の軋轢も表面化している。

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