
ドイツ連邦議会(下院)で6日、「キリスト教民主同盟」(CDU)のメルツ党首(69)を首相に選出する投票が行われたが、選出に必要な過半数を得られないといった事態が生じた。2回目の投票で過半数を得て新首相に選出されたものの、「歴史的」と評され、メルツ新政権の今後にも影を落とすであろう「首相選出ドラマ」を振り返ってみた。(ウィーン小川 敏)
通常、過半数を有する連立与党が推薦した政治家が自動的に首相に選出される。ところが、6日の投票では「キリスト教民主・社会同盟」(CDU/CSU)と連立パートナーの社会民主党(SPD)が擁立したメルツ氏が選出に必要な過半数の票を得られなかった。
選出には過半数の316票が必要だ。CDU/CSUの208票とSPDの120票を合わせて328票となることから、メルツ氏は第1回投票で首相に選出されると誰もが考えていた。
しかし、メルツ氏支持票は310にとどまり、過半数に6票足りなかった。これには議員ばかりか、投票を放映していたメディア関係者も驚いた。ニュース専門局NTVは「首相候補者が落選したことはこれまでなかった。歴史的なことだ」と速報を流した。
メルツ氏は目線を少し落とした後、席を立ち同僚のCDU議員と話すと、議会を出て行った。
第1回投票の結果を受け、CDU/CSUとSPDの院内総務は緊急会合を開き、投票結果を分析する一方、野党と協議を行った。2回目の投票を同日中に実施するには議会の3分の2の賛成が必要だからだ。幸い、野党の「緑の党」と左翼党が支持したことを受け、同日午後に2回目の投票が可能となった。
戦後、アデナウアー首相が1949年9月に、コール首相が94年に1票差で選出されたことがある。首相候補者が投票で落選したことはこれまでなかった。メルツ氏が少なからずショックを受けたことは間違いないだろう。
第1回投票は、賛成310、反対307、棄権3、無効1票だった。連立与党の18人の議員がメルツ氏の首相選出に反対したことになる。
NTVのニュース解説者は「連立政権内でメルツ氏の政策に強く反対する議員がいることが明らかになった。メルツ氏は今後、政策を実施する際に1回目の投票結果を忘れてはならない」と警告した。
メルツ氏はこれまで何度も「敗北」を経験している。メルケル元首相とのCDUの権力争いに敗北、政界から一時期引退し、実業界入りした。2002年、政界に復帰してCDU党首選に出馬したが2度落選し、3度目でようやく勝利した。そして今回の「歴史的」敗北だ。
メルツ党首とSPDのクリングバイル共同党首(副首相兼財務相)は5日、連立協定に署名した。メルツ氏は「ドイツ経済の回復と投資の促進」の2点を大きな課題に挙げた。
一方、クリングバイル氏は「ドイツの復興のためにチームプレーを大切にしたい」と述べた。皮肉にも、6日の投票結果は、与党間の連携が重要であることを改めて明らかにした。
連立協定のタイトルは「ドイツに対する責任」。「欧州の盟主」ドイツの経済はリセッション(景気後退)に陥っている。米国からは関税攻勢が進展中だ。ウクライナ支援でも積極的な貢献が求められている。ドイツが本来の指導力を発揮することを願う国も多く、課題が山積している。
欧州のメディアの中には、「メルツ氏は閣僚経験もなく、その政治手腕は不明」といった論評が聞かれる。それに対して、CDU議員の中には、「政治の世界ばかりか、経済に精通した実業家出身だ。経済が分かる政治家は政権運営でプラスだ」と主張する。また、「政治の世界で何度も『敗北』を経験したメルツ氏はその痛みを誰よりも知っている。激動時代に直面している現在、それは大きな武器となる」といったポジティブな期待も聞かれる。