露「核は戦争の選択肢」

2月23日に実施されたドイツの連邦議会選挙で30%弱の議席を獲得した中道右派キリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)のメルツ党首は、選挙戦を前後して、ロシアの脅威に立ち向かうため、欧州連合(EU)で唯一核兵器を保有するフランスの傘の下に入ると主張した。マクロン仏大統領もフランスの核兵器を欧州諸国で共有する案を提起し、欧州で議論が始まっている。(パリ安倍雅信)
トランプ米大統領の停戦調停がロシアに有利な動きを見せ、行き詰まる中、欧州諸国は危機感を強め、再軍備に舵(かじ)を切った。ロシアに精通する欧州の指導者たちは、米国の欧州離れが現実味を増す中、再軍備の中にフランスの核抑止を有力な手段の選択肢の一つと考え始めている。
仏シンクタンク、仏国際関係研究所(Ifri)のトーマス・ゴマール所長は、近著『歴史の加速』で、「核抑止が機能しないシナリオは想像できる」と分析している。理由の一つは、第2次世界大戦以降、世界の安定の保証人だった米国の退潮が顕著だからだ。
戦術核を前提としたロシアの演習では第1段階で、核弾頭搭載可能な弾道ミサイル「イスカンデル」と極超音速ミサイル「キンジャル」が投入され、ウクライナに隣接する南部軍管区の部隊が参加した。このことは冷戦時代から受け継がれてきた原則をプーチン大統領が全て軍司令部に移動させたことになる。つまり、「核は戦争の選択肢の一部」に組み込まれたことを意味する。
2025年に入ってからの世論調査によれば、フランス人の74%がロシアを欧州に対する脅威と見なしており、78%がロシアからの核攻撃に対してフランスが脆弱(ぜいじゃく)であると感じていると答えた。これを受け、マクロン氏もロシアをフランスと欧州に対する脅威と位置付け、フランスの核抑止力を欧州同盟国にも拡大する議論を開始する意向を示した。
一方、フランス政界は敏感に反応し、右派・国民連合(RN)のマリーヌ・ルペン氏は「抑止力を共有するということは、抑止力を廃止することを意味する」と国民議会で強く批判した。
独立主権国家の自由な選択にこだわるフランスは、EUで唯一自国防衛を前提に核を保有している。核のボタンを押すのは、そもそも米国ではトランプ大統領、ロシアではプーチン氏、フランスではマクロン氏だ。近隣諸国を核の傘に入れても最終意思決定者が主権国家の長である現実は無視できない。ルペン氏の批判に同調する仏国民も少なくない。
フランスが現在保有する核弾頭は300個未満。最初の「海洋型」と呼ばれるものは、戦略原子力海洋戦力(FOST)内にグループ化された4隻の原子力弾道ミサイル潜水艦(SNLE)で構成されている。1997年から2010年にかけて就役したこれらの潜水艦には、16発のミサイルが搭載されており、各ミサイルには複数の核弾頭が積まれている。
フランスの核弾頭は、あくまでフランス領土に限定された抑止力を想定しており、欧州全体をカバーする能力はない。それにフランスではないEUの一国が戦略核攻撃を受けた場合、フランスは核でロシアに報復攻撃するのかの判断に困難を極めるはずだ。米英の核使用も考えられるが、同盟国間でも核抑止が機能しない可能性もある。
ロシアのように武力で他国に侵攻し、最終的には戦略核も選択肢というケースに、どうやって対抗するのか。議論される新たな防衛課題は、核兵器が使用される第3次世界大戦を想定した場合、被害は日本を敗戦に導いた広島、長崎の規模をはるかに超える次元ということだ。
ロシアの攻勢が北大西洋条約機構(NATO)加盟国のいずれかの領土にまで及んだ場合、極端なエスカレーションを予想し、第1次、第2次世界大戦で戦場となったつらい経験がよみがえる。最近の議論では、核抑止力を疑う指摘も増えている。つまり、核保有を最強の武力とする考えは風化しつつあることを国家の指導者は認識すべきだと専門家の間で指摘されている。
ウクライナのゼレンスキー大統領の「核戦争の脅しはブラフ(ハッタリ)だと思う」との認識を信じたいところだ。