
ウクライナは11日、サウジアラビアで行った米国との高官協議で、ロシアによるウクライナ侵略を巡り、30日間の停戦案を受け入れると表明した。米トランプ政権が早期終戦を図る背景には、中国との対決姿勢を強める中で、対露関係を改善し中露離間を図る目的があるとみられるが、その思惑が実現するかどうかは不透明だ。(繁田善成)
妥協しない露
2月28日に行われたトランプ米大統領とウクライナのゼレンスキー大統領の首脳会談は、激しい口論の末に決裂した。しかし、対ウクライナ軍事支援の停止などを受けゼレンスキー大統領は、米国が提示した停戦案に合意せざるを得ない立場に追い込まれた。
ゼレンスキー大統領は「全占領領土の武力奪還」を掲げてきたが、この停戦案受け入れは事実上、それを諦めることを意味する。
対露交渉の取引材料に使うためゼレンスキー大統領は昨年8月、大きな代償を払いながらロシア西部クルスク州に越境攻撃を行い、スジャなど一部地域を占領した。しかしロシア軍が11日、事実上スジャを奪還したことで、領土交換というカードも失った形だ。
ウクライナと米国の高官協議は8時間以上にわたって行われ、ウクライナは停戦案を、ロシアの同意を条件として受け入れた。
これを受け米国は、首脳会談後に停止していた対ウクライナ軍事支援や情報共有を再開した。トランプ大統領は、週内にもロシアのプーチン大統領と対話する可能性を示唆した。
ロシアはウクライナ東部戦線で攻勢を続けており、有利に交渉を進められる立場にあるといえる。しかし、欧米による経済制裁はロシアの産業活動にじわじわとダメージを与え、加えてルーブル安による物価高騰が続いており、庶民層を中心に国民生活は厳しさを増している。ウクライナと比べれば国力は残っているが、苦しいことに変わりはない。
停戦案へのロシアの対応が焦点となるが、ロシアは「ウクライナの北大西洋条約機構(NATO)非加盟」「ウクライナの非武装化」など侵攻の目標を取り下げたわけではない。
それだけではない。ロシアは2021年、米国とNATO宛てに送付した条約草案の中で、東欧からNATO軍を撤退させることで、その勢力圏を1997年のレベルに戻すことに加え、新たな加盟国受け入れをやめるよう要求している。
プーチン大統領は「多極世界の実現」を目標に掲げる。これはおのおのの「極」が独自の排他的勢力圏を持ち、他の「極」はそれに干渉しないという世界を実現しようというものだ。簡単に妥協するとは思えない。
離間図る米国
トランプ大統領が、ロシアとウクライナの停戦を推し進める背景には、中国との対決姿勢を強める中で、ロシアとの関係を改善し味方に付け、中露の離間を図る目的がある。バンス副大統領は、米国が「ロシアを中国の手に押しやる」ことは「ばかげている」と語った。
ただ、米国の思惑通りにロシアが米国の味方となり、中国と離間するかは不透明だ。
足元見る中国
中露関係はすでに対等ではなく、ロシアは中国に足元を見られる立場となった。極東が中国にのみ込まれる恐れもある。一方で中国はロシアの世界秩序再構築の試みを支持し、ロシアの内政にも干渉しない。中国はロシアにとって予測可能であり、政権も安定している。
米国は、新しい政権ができれば、前政権が結んだ協定を再検討しないとは限らない。米国の外交政策が急転する可能性がある以上、対中関係を反故にはできない。