
欧州は米トランプ政権誕生に身構えていたが、その緊張感は予想をはるかに超えている。トランプ大統領がウクライナの鉱物資源を要求、さらにウクライナのゼレンスキー大統領を目の前にして「切れるカードを持っていない」と発言したことで、米国への不信感は頂点に達した。
欧州連合(EU)は4日、ウクライナへの侵攻を続けるロシアの脅威に対抗するため、8000億ユーロ(約128兆円)規模の「再軍備計画」を表明した。さらに6日、ベルギーのブリュッセルで特別首脳会議を開き、同計画に大筋合意した。米国が一時的にウクライナへの軍事支援を停止したのに対して、EUはウクライナへの「揺るぎない支持」を明確にした。
一方、英仏首相は次々にワシントンを訪問し、欧州のウクライナ支持、ロシア非難をトランプ氏に訴えた。欧州は、ロシアが欧州内に攻撃の手を広げることに強い危機感を抱いている。その辺は距離が離れた米国とは違う。
フランスのマクロン大統領は5日、国民に向かってテレビ演説を行い、フランスと欧州に対するロシアの脅威への懸念を表明した。「傍観者でいることは狂気の沙汰」と述べ、ロシアは「北朝鮮の兵士、イランの装備」を動員し、「国境を侵犯し、欧州の地で反対派を暗殺し、選挙を操作している」と主張した。
そのため、欧州防衛強化のため、保有する核兵器を含め、EUの27カ国と共に防衛力を強化するとの考えをマクロン氏は示した。
フランスは2025年に国防費に510億ユーロを充てる予定だ。軍事計画法(LPM)によれば、30年には670億ユーロになる。しかし、国際情勢を鑑み、増額も辞さない構えで、国内総生産(GDP)の3%から3・5%を国防費に充てることを目指している。
結果的に29年までにEUの財政安定化協定のルールを守れない可能性があるが、EUはドイツからの要請を受けて、加盟国に国防費増額を認める財政ルール変更を協議することで合意している。
マクロン氏はテレビ演説で「将来のドイツ首相、フリードリヒ・メルツ氏の歴史的な呼び掛けに応えて、抑止力を通じて欧州大陸の同盟国を守るための戦略的議論を開始することを決定した」と明らかにした。また、「あすの解決策はきのうの習慣ではあり得ない」と警告し、従来の枠にとらわれず戦争資金調達を議論するとしながらも、増税はしないと約束した。
同じNATOの中でも大西洋を挟んだ米国と欧州ではロシアの脅威に対する危機感は、まったく異なる。そもそも欧州の安全保障を米国頼りとすることに無理がある。ロシアがウクライナに侵攻する前の17年にEU改革案の中で、フランスのマクロン氏は、共同の軍即応部隊の創設、合同防衛予算の編成、域外の境界線を守る監視組織の結成を訴えた。
また、昨年5月、英誌エコノミストとのインタビューで、ロシアによる侵攻が続くウクライナへの地上軍派遣の可能性に改めて言及した。その都度、ドイツなどから強く批判されたが、ロシアとウクライナの停戦実現の可能性が出てきた今、欧州有志国のウクライナへの欧州平和維持部隊の派遣は現実味を帯びている。
フランス国内の左派勢力と野党・右派の国民連合は、他の欧州諸国をフランスの核の傘に入れることに反対しているが、第2次世界大戦以降、最大の危機に直面する中、戦略的欧州自主防衛への支持者も増えている。ドイツを含め、大陸欧州はロシアの正体を熟知しており、米国の見方は甘いという見方が大勢を占めている。(パリ安倍雅信)