
シリアのアサド政権崩壊により、欧州でシリアとの関係が強いフランスの治安当局は新たなテロの脅威への対応に追われ、警戒を強めている。SNSが多言語で利用できるようになったため、言語の壁を越えてイスラム聖戦主義が拡散しており、さらにテロや麻薬密売への関与の低年齢化が指摘されている。(パリ安倍雅信)
フランスでは昨年、ほぼ10年ぶりにテロによる死者が出なかった。一方、1月の内務省の報告によると、イスラム聖戦主義の脅威は後退していないと分析されている。さらに深刻化する麻薬密売からの利益がテロ資金に流用されているという。
2024年4月から国家テロ対策検察庁のトップを務める国家テロ対策検察官のオリビエ・クリステン氏は「海外で設立された危険な組織が、フランスでテロを実行するための中継拠点を積極的に探している」と指摘した。そのため、聖戦主義者の脅威を評価するすべての基準は、欧州規模で上昇傾向にあるという。
21年から23年にかけて欧州連合(EU)内で発生したイスラム過激派によるテロ攻撃の半数以上はフランスで発生しており、この問題に関する訴訟の数は過去2年間で70%増加した。多くは計画時点で阻止されたが、クリステン氏は「脅威は確実に高まっている」との認識を示した。
24年8月24日、フランス南部モンペリエ東方のラグランドモットのシナゴーグ(ユダヤ教礼拝所)への攻撃が発生した。礼拝所の外で爆発が起き、警官が負傷した。特殊部隊の国家警察特別介入部隊は同日、近くのニームでの強制捜査で放火未遂容疑で1人を拘束した。ユダヤ教徒が安息日の礼拝に集まる土曜朝の犯行だった。
犯行は、国内で強まる聖戦主義、反ユダヤ主義に、仏国内の若者が敏感に反応した結果とみられている。23年末以降に逮捕された個人のSNSアカウントでは、暴力的な反ユダヤ主義のコメントが増加している。欧州最大規模のユダヤ社会を抱えるフランスは、反ユダヤ主義勢力の標的になりやすい。
クリステン氏は「脅威の一つは、SNS上で大量に多言語で発信されるプロパガンダを餌とする個人が増えていることで、影響を受ける若い読者が過激化する現象がすでに起きていることだ」と警告している。EU刑事司法協力機関は、アサド政権崩壊後のイラク、シリア地域の捜査の見直しを本格化させている。
もう一つの脅威は、帰国した過激派組織「イスラム国」(IS)などのメンバーと家族、フランスで収監され、刑期を終えて釈放される元テロリストやその家族が、再びテロを実行することだ。現在、フランスでは毎年約60人が釈放されている。
脅威は、昨年確認されたアフガニスタンの「イスラム国ホラサン州」(IS-K)からだけでなく、特にアフリカ・サハラ砂漠南部サヘル地域のアルカイダからも脅威は迫っている。これらの地域からのテロリストは、すでにフランス国内にいるとされ、彼らがSNSなどを通じて個人の過激行動を誘発しているとみられている。
ロシア語を話し、多くの場合フランス在住の北カフカス出身者の2世に当局は特に注目している。今やネット上の言語の壁が人工知能(AI)によって取り除かれ、過激主義の流布は容易だ。
パリや首都圏イルドフランスでは対立するギャング同士の衝突が定期的に発生しており、麻薬密売を巡る抗争だけでなく、これらのギャンググループの背後にテロ資金調達目的の麻薬密売が指摘されている。そのため治安当局には幅広い捜査が求められている。