
オーストリアで極右政党・自由党と中道右派・国民党の間で連立交渉が続けられている。交渉期限は定められていないが、自由党のキックル党首主導の初の極右政権誕生が現実味を帯びてきた。同時に、キックル政権の発足を警戒する声が国内外で高まってきている。(ウィーン小川敏)
ファンデアベレン大統領は6日、キックル党首を大統領府に招き、連立交渉を要請した。それを受けて自由党は選挙で第2党の国民党と連立交渉を始めた。国民党は選挙戦では自由党との連立は絶対あり得ないと主張してきたが、社会民主党とリベラル政党「ネオス」との3党連立交渉は暗礁に乗り上げたばかりだ。国民党内では「自由党と連立を組む方が政策的には容易」という声が支配的になってきた。それを受け、自由党排斥の急先鋒(せんぽう)だったネハンマー党首は首相、党首を辞任して、自由党との連立交渉の道を開いた。
オーストリア国営放送は「国民党は自由党へのスタンスを180度変えた」と報じた。ただし、自由党主導の政権を拒否し続けてきた「緑の党」出身のファンデアベレン氏も立場は同じだ。結局は、キックル党首に連立交渉を委ねざるを得なくなったからだ。昨年9月29日に実施された国民議会選で、第1党となった自由党抜きで連立政権が発足できないという現実が改めて明らかになった。もちろん、議会を解散して選挙を再び実施することも可能だが、世論調査が明らかにしているように、自由党がさらに得票を伸ばすことは間違いないため、他の政党は議会解散、新選挙の実施というカードには乗り気ではない。トランプ米大統領の就任、ウクライナ支援問題など難題が山積している時、国内の政争にあまり時間をかけられず、一刻も早く新政権を発足しなければならないという事情もある。
同国の政治学者は「政治家の選挙戦中の発言とその後ではまったく違うことがある。自由党と連立交渉へ転換した国民党はその好例だ」と指摘していた。
両党が取り組んだ最初の課題は2025年の予算を早急に策定することだった。国内総生産(GDP)比で3%を超えた財政赤字について、欧州委員会から財政規律違反を問われ、過剰財政赤字是正手続き(EDP)が開始される危険があったからだ。約63億ユーロの歳出削減案を欧州連合(EU)側に提出し、幸い、了解を得た。両党が合意した歳出削減案は国民に緊縮を強いるものが多いが、EUからEDPを受けるといった不名誉な事態は回避できた。
オーストリアの政治状況は、欧州各国の首脳にも不安を与えている。例えば、ドイツのショルツ首相やフランスのマクロン大統領は自由党政権の発足を警戒している。EU加盟国の中には国内に極右政党を抱え、その台頭におびえていることもあって、オーストリアの政情は人ごとではないからだ。ドイツには「ドイツのための選択肢」(AfD)、フランスにはマリーヌ・ルペン氏が率いる「国民連合」(RN)が躍進している。
オーストリアの事例は深刻だ。国民党はこれまで自由党との連立はあり得ないと選挙戦でも表明してきた。その防波堤がいかに脆弱(ぜいじゃく)であるか、排除戦略がいかに崩れやすいかを示したからだ。国民党は現在、自由党と連立交渉に乗り出し、あれほど批判してきたキックル党首を首相にしようとしている。
欧州議会で昨年7月8日、ハンガリーのオルバン首相、チェコのアンドレイ・バビシュ前首相、オーストリアのキックル党首らが主導した新たな右翼会派「欧州の愛国者」が発足した。12加盟国、13政党が参加し、所属議員は84人で、欧州議会では3番目に大きな会派だ。同会派のマニフェストによると、移民拒否、環境政策欧州グリーンディールへの反対、ウクライナ支援の不支持、欧州統合の解体が掲げられている。
キックル党首が首相に就任した場合、EUが推進するウクライナ支援、対ロシア制裁はどうなるだろうか。EUの結束ばかりか、その政治力すら危険にさらされる事態が考えられる。キックル首相の誕生は欧州の右傾化をさらに加速させ、EUにとって大きな政治リスクとなる可能性がある。