
フランス・パリにある風刺週刊紙シャルリー・エブド編集部がイスラム過激派に襲撃されてから10年がたった。大統領夫妻出席の追悼式典参列者は想定していたよりも少なかったが、テロ事件が風化したわけではない。むしろ、マクロン政権への支持率低迷と相まって、移民排斥の右派勢力への支持は確実に上昇している。(パリ安倍雅信)
殺害されたシャルリー・エブド編集部の全メンバーは左翼活動家でアナーキスト(無政府主義者)、無神論者だった。信仰者を軽蔑する態度に多くの一般フランス国民は賛同していない。
ルタイヨー内相は全国の知事に、大規模な集会に対して、治安を強化するよう警視総監を通じて要請した。2024年はテロにつながる9件の計画が阻止され、テロの脅威がかつてなく高まっていたことを仏内務省は明らかにした。テロ対策国家検事局による捜査が613件行われ、その中の8割がイスラム関連で23年のほぼ2倍だった。
現在、最大の脅威は仏国内在住でテロ行為に加担する可能性のある人物の存在だ。中でも未成年者が増え、ネット上のテロを奨励するメッセージに影響を受けている。24年、テロ関連の罪で有罪判決を受け、仏国内の刑務所にいた419人の中で、昨年末までに61人が出所した。今年も同数が釈放予定だ。
彼らの中にはシリアやイラクの前線で過激派組織「イスラム国」(IS)の戦闘に加わった者も含まれる。その多くはフランスでの服役で過激主義を改めていないまま出所している。彼らがテロの脅威となると専門家は指摘している。
さらにシリアの戦闘に加わった約1500人の仏国籍者のうち、300人は当局の監視を逃れ、生存の有無も所在地の特定もされていない。特にシリアのアサド政権が崩壊して以降、彼らは国の不安定化を利用して潜伏を続けているとみられている。
シリア、イラクで拠点を追われたISメンバーは、北アフリカ・リビアなどに潜伏し、次の活動拠点を模索中とみられる。その中でフランスを標的としたテロが減っていくとの見方はなく、彼らは次の新たなテロ攻撃を模索している。彼らにとって好都合なのは混乱状態であり、シリアはまさに今、政治的混乱と不安定な状況に直面している。
そのためフランス当局はテロ阻止のために厳しい対策を取っているが、ホームグロウン(国産)のローンウルフ(単独)型テロリストの日和見的、計画的攻撃が急増し、さらにSNSを通じた組織や聖戦主義とは関係しない個人のテロも増え、当局は対応に追われている状態だ。
さらに反移民の右派・国民連合(RN)が議会で存在感を増す中、アラブ系移民に対する締め付けは厳しさを増している。今年1月10日に発表された世論調査会社Ifopによって公表された政界の支持率で、マクロン大統領の支持率は26%と最低を更新した。逆に「まったく支持しない」は45%に上昇した。
一般市民の反アラブ感情も確実に高まっており、増加しているアラブ系移民の方も社会の隅でおとなしくしていない。暴力を扇動するビデオを放送した後、1月9日にアルジェリアに強制送還されたアルジェリア人のインフルエンサーが、アルジェリアに入国を拒否され、フランスに送り返され、両国間の外交的緊張が高まっている。
フランスでは、20年、パリ西部郊外の中学校の歴史教師が授業中にイスラム教が禁じている預言者ムハンマドの風刺画を生徒に見せたことで、イスラム過激派の青年に路上で斬首される事件が起きた。23年には仏北部アラスでイスラム聖戦主義に傾倒する男が高校付属中学の教師を刃物で殺害する事件が起き、衝撃を与えた。
イスラエルとイスラム組織ハマスの軍事衝突の波及が懸念される中、仏当局は2件のテロ事件も踏まえ、最高度の警戒態勢を敷いている。フランスは下院で過半数を占める政党がなく、不安定な政治状況が続いているだけに、テロの脅威への国民の不安は高まる一方だ。