トップ国際欧州正義より平和を

正義より平和を

ウィ―ン・小川 敏

ドイツ公共放送のニュース専門局は6日、ハマスの奇襲テロ1年目をテーマに討論会を放映。参加者のゲストの一人が「ガザを訪問し、パレスチナ自治区の一人の若い青年と話し合った時、『われわれは平和より正義を求める』と叫んだのに少々驚かされた」という感想を述べた。世界最大の収容所と呼ばれているガザにパレスチナ人を閉じ込め、外部世界との自由な交流を拒んできたイスラエルへの怒りの声だ。パレスチナ人は「われわれはイスラエルが建国されて以来、民族としての自治権を奪われてきた」と説明する。

一方、イスラエル側は「ハマスの奇襲テロがなければガザ戦争はなく、パレスチナ人もわれわれも平和に過ごしてきた」と説明、ガザ紛争の責任はハマスにあると強調する。

多くのパレスチナ人にとって先の青年の主張は正しいだろう。多くのイスラエル人はイスラエル側の見解に同意するだろう。すなわち、双方にそれなりの正義があるわけだ。一方が100%正しく、他は間違っているということはないはずだ。

オーストリア国営放送は6日、同じように特集番組を放映していた。ハマスの奇襲テロで拉致された息子を持つ母親は帰ってこない息子のために毎日涙を流し、息子が戻るまで人質解放の抗議集会に息子の写真を張ったプラカードを持ってネタニヤフ政府とハマスに向かって人質解放を訴えている。ハマスは当初251人を拉致し、昨年11月117人がパレスチナの囚人と交換で解放された。現在も100人余りの人質がいるが、多くは既に亡くなっているとみられている。

ガザでは若い母親が1人の幼児を抱えながら、「夫も息子も亡くなり、家もなくなった。全てがなくなった」と涙しながら、配給される食事を得るために重い足を引きずりながら列に加わる。パレスチナ保健局の発表では、ガザ戦闘で4万1000人以上が犠牲になったという。ハマスのメンバーもいるが、多くは民間人、女性や子供たちという。

ハマスの奇襲テロで息子を拉致された母親も、ガザ戦闘で夫と息子を失った若い母親も同じように泣いていた。途方に暮れ、絶望に打ちひしがれた姿にはパレスチナ人とかユダヤ人といった違いはない。ただ、愛する者を失ったために泣いているのだ。

ネタニヤフ首相はハマスを壊滅するまで戦いを続けるというが、イスラエル軍に殺害された多くのパレスチナ人家族の中から新たなハマスが生まれ、近い将来、イスラエルに戦いを挑むだろう。各民族には固有の歴史があるように、平和も民族、国によって異なってくる。だから、平和の旗を掲げて、他の平和の旗を持つ民族、国家と衝突する結果となる。

一方、平和は正義とは違い、武器を捨て、戦場での戦いをやめれば実現できる。その場合、どちらが勝利したとか、敗北したということは、民族・国家の指導者にとって重要だが、大多数の国民は平和が戻ってきたことを歓迎するだろう。もう戦う必要がなくなったからだ。戦場で息子や夫を失う心配もない。勝った、負けたという戦の話は彼らにとって一義的ではないのだ。

正義を掲げる政治家や指導者にとって、戦いは勝利しなければならないと確信している。しかし、正義を主張し続ける限り、多くの場合、正義本来の目標である平和が遠ざかっていくのだ。

spot_img

人気記事

新着記事

TOP記事(全期間)

Google Translate »