欧州議会選を1カ月後に控え、最新の欧州議会全体を対象とした世論調査では、1位、2位の中道右派と中道左派に対して、右派「アイデンティティーと民主主義(ID)」が浮上し、第3勢力になる可能性が指摘されている。(パリ安倍雅信)
国政選挙が現政権に対する不満の受け皿になりやすいのに対して、欧州議会選は反欧州連合(EU)政党が国民の不満の受け皿になる傾向もある。
その典型がフランスで、大統領選挙や総選挙の合間に実施された2019年の欧州議会選では、右派・国民連合(RN)がトップの議席数を獲得した。今回の選挙ではウクライナとイスラエルでの紛争への対応も争点となる可能性がある。
5月3日時点のポリティコのEU全土の世論調査では、首位の中道右派・欧州人民党(EPP)が現182議席を174議席に減らし、2位の中道左派の社会民主進歩同盟(S&D)は現154議席を144議席に減らす一方、IDは現58議席を85議席に伸ばし、第3勢力に浮上すると予想されている。
IDには、ドイツの「ドイツのための選択肢(AfD)」やフランスのRNのほか、23年11月のオランダ総選挙で第1党となった自由党(PVV)、イタリアのサルビーニ副首相率いる同盟(LN)などが参加する。IDは移民規制強化、雇用と産業のための規制緩和などを主張しているが、ポーランドの右派「法と正義(PiS)」、イタリアのメローニ首相の「イタリアの同胞(FDI)」が所属する欧州保守改革グループ(ECR)も似た主張をしている。
IDにECRが加われば、右派勢力は予想獲得議席数で169議席となり、S&Dと緑の党の第2勢力に迫る可能性もある。一方、自身が主導した中道リベラル派の「欧州刷新(Renew)」が4位に転落する情勢に危機感を抱いたマクロン仏大統領は、イタリアのメローニ首相と会談し、RNと距離を置くことを確認した。
欧州では、5月12日に、リトアニア大統領選挙、6月9日にベルギー総選挙、9月15日にルーマニア大統領選挙、10月13日に総選挙が実施予定だ。欧州で大都市以外に住む住民は、欧州を直撃するインフレで、物価が高騰し、生活に困窮している。農民も悲鳴を上げ、抗議デモを繰り返している。
ウクライナに近い欧州諸国では、もしウクライナがロシアの手に落ちれば、ロシアが帝国の一部と認識するラトビアなどのバルト3国を含め、旧ソ連の中東欧諸国を取り戻しに来るという危機感が明白だ。ただ、ウクライナ支援で浮上したのはEU諸国の防衛能力の低さで、ロシアと対等に戦う戦力は力不足のままだ。
ただ、全体主義を経験した欧州には極右ポピュリズムにも急伸左派の政治イデオロギーにも嫌悪感があり、極右、極左の差は大きくはなく、極右、極左への振れ幅にはブレーキがかかっている。実際、極右政党の雄と言われたフランスのRNは、マリーヌ・ルペン氏がRNの悪魔化を脱却し、移民を含む大衆層の取り込みで成功している。
今回の欧州議会選で最も注目を集めているRNのジョルダン・バルデラ党首(欧州議会議員=28)は、RN候補者リストの筆頭だが、母親はアルジェリア系イタリア移民で、複雑な移民の血を引いている。欧州が抱えるアラブ世界との複雑な関係を背負ったバルデラ氏は、権限が強化された欧州議会でキャスチングボートを握りそうだ。
もう一つはEUの執行機関、欧州委員会のフォンデアライエン委員長の動静だ。同氏はEPP、社会党、緑の党、中道リベラルのRenewの支援を受けて委員長に任命された一方、次期欧州議会では極右勢力であるIDとは協力しないと宣言したが、穏健右派のECRやポーランドの右派「法と正義」には門戸を開いているとみられている。