
勝てぬ露大統領 大きな戦いへ 国際関係アナリスト 北野幸伯氏(上)
――ウクライナ侵攻後の国際関係でロシア、米国・欧州諸国、中国の優劣をどう見るか。

一番悲惨なのは、言うまでもなく侵略を受けたウクライナだ。
次に大変なのは侵略したロシアだろう。国際社会で完全に孤立した。昨年3月、国連総会で、ウクライナ侵攻を非難する決議に反対したのは、ロシアの他にベラルーシ、北朝鮮、シリア、エリトリアだけだ。
また、ロシアは国際銀行間通信協会(SWIFT)から除外された。最大顧客だった欧州は、ロシアからの原油、天然ガス、石炭輸入をほぼストップさせている。侵攻前ロシア国内では、日系、欧米系を含む20の自動車工場が稼働していた。ところが現在動いている自動車工場は二つだけ。つまり90%の自動車工場が生産を停止した。
ロシアは、「旧ソ連の盟主」という地位も失いつつある。ウクライナ戦争勃発後、ウクライナ、ジョージア、モルドバが、欧州連合(EU)に加盟申請を行った。アルメニアは、ロシア主導の集団安全保障条約機構(CSTO)から脱退する意向を示している。アゼルバイジャンはトルコに接近し、カザフスタンを中心とする中央アジア諸国は、中国に接近している。
欧米は、ウクライナ侵攻の結果起こったインフレで苦しんでいる。いわゆる「ウクライナ疲れ」が出てきている。
ウクライナ侵攻最大の勝者は中国だろう。この戦争によって、ロシアと欧米の経済関係が切れた。その結果、中国は、ロシア産原油、天然ガスを、極めて安価で大量に輸入できるようになった。SWIFTから除外されたロシアは、中国版SWIFTと呼ばれるCIPS(中国人民元の国際銀行間決済網)を使わざるを得ない。結果、ロシアは、「人民元圏」に組み込まれてしまった。
――当初、ロシアでプーチン政権が揺らぐとの観測があったが、実業家ら要人の不審死が相次ぐ中で薄れたように思える。今後、政権が揺らぐことはないか。
外からは見えにくいが、実際プーチン大統領の政権基盤は揺らいでいる。
伝統的に反プーチンだったのは、ナワリヌイ氏を中心とする親欧米派だった。彼らは、独裁に反対で、民主主義や言論の自由などを重視するリベラル派だ。
問題は、プーチン氏の支持基盤だった「右」の勢力だ。プーチン氏は二つの理由で、伝統的な基盤の支持を失いつつある。一つ目の理由は戦争に勝てずにいることだ。プーチン氏はこれまで「常勝将軍」だった。第2次チェチェン戦争、ロシア・ジョージア紛争、シリア内戦への介入、クリミア併合、ウクライナ内戦への介入で、ことごとく勝利してきた。ところが、ウクライナ侵攻で、プーチン氏の「常勝神話」は崩壊しつつある。
もう一つの理由は、プーチン氏が「戦術核使用の可能性」に言及していることだ。実際に戦術核が使われれば、ロシア対ウクライナの戦争は、ロシア対NATO(北大西洋条約機構)の戦争、すなわち第3次世界大戦に発展する可能性が高い。そうなると「核大戦争」が勃発する可能性も出てくるし、最悪人類滅亡まで進むことすらあり得る。
FSB(連邦保安庁)やSVR(対外情報庁)の中には、核使用に何度も言及するプーチン氏について、「気が狂っている」と考える人たちがかなりの数いるようだ。つまり、プーチン氏の権力基盤は「絶対安泰」とは言えない状況だ。