
プーチン大統領はウクライナ侵攻を正当化するロジックとして「ウクライナの非軍事化と非ナチ化」を主張した。侵攻は「ナチズムに染まった」ウクライナを解放するための「正義の戦い」というものだが、ここに至って「ロシアは悪の勢力―サタンそのものと戦っている」という理屈を広めつつある。(繁田善成)
ウクライナ侵攻開始から8カ月以上が過ぎた。3日でキーウを陥落させるという当初の目論見(もくろみ)が外れたばかりか、ロシアは、一方的に併合したはずのウクライナ南部へルソン州の、州都へルソンを含むドニエプル川西岸から軍を撤退させるという事態に陥った。
ウクライナ軍の反転攻勢の前に、後退して軍を立て直すことを余儀なくされた形である。
そのような中で、ウクライナ侵攻作戦を正当化するロシアのロジックに、大きな変化が起きつつある。
プーチン大統領が2月24日、ウクライナ侵攻を宣言したテレビ演説で語ったように、「ナチズムに染まった」ウクライナを解放し、「非軍事化と非ナチ化」を実現することが、この「特別軍事作戦」の目的だった。
それがここに至って「非ナチ化」とのロジックは影を潜め、これに代わり「非サタン化」との言説が広がりつつあるのだ。「ロシアは悪の勢力―サタンそのものと戦っている」というものである。サタンは欧米を指し、欧米と手を組んでロシアと戦うウクライナを「非サタン化」する、という理屈である。
この「非サタン化」に関連し、ロシア前大統領のメドベージェフ国家安全保障会議副議長は11月4日の祝日「国民統合の日」、SNSに次のような投稿を行った。そのタイトルは「なぜ私たちの大義は正しいのか」である。
「われわれは何のために戦っているのか? われわれと戦っているのは何者なのか? われわれの武器とは何なのか?」
投稿は続く。
「さまざまな武器が存在する。すべての敵を燃え盛るゲヘナ(地獄)に送ることができるが、それはわれわれの仕事ではない。われわれは心の中で創造主の言葉に耳を傾け、それに従うのだ。それらの言葉はわれわれに神聖な目的を与える。その目的とは、地獄の最高の支配者であるサタンを止めることだ。彼らの目的は破滅だ。われれわの目的は生(せい)だ。彼らの武器は手の込んだ嘘(うそ)だ。われわれの武器は真実だ」
メドベージェフ氏によると、ロシアは「自らとわれわれの土地、千年の歴史のために戦っている」。そして、われわれと戦っている者とは「死にゆく世界の一部」「狂ったナチス=麻薬中毒者の一団と、彼らに惑わされ、もしくは脅迫された国民」「欧米の犬小屋から吠(ほ)える犬の大軍」「うめき声をあげる子豚の一団」だという。
そして今やロシアは「ここ数十年のしつこい眠りと憂鬱(ゆううつ)なもやを振り払い」、「神聖な力」を獲得したのだという。
また、ロシア正教のキリル総主教は、世界が一極化すれば世界の終末が訪れるとし、グローバリズムの顕現と戦っているプーチン大統領こそが「反キリストに対する闘士」と宣言した。
にわかには信じ難いが、ロシアの人々の多くが、「非サタン化」という新しい用語を当たり前のように受け入れている。
もっとも、プーチン政権中枢では、この戦争でロシアが敗北に向かいつつあることを理解していない者はいない。プーチン大統領は何らかの形での停戦交渉を強く望んでおり、さまざまなチャンネルを通じて、その機会を見つけようとしているとの見方が流れている。
ただプーチン大統領は、ウクライナのゼレンスキー大統領と対等な立場で話し合うことを望んでいない。ロシアによるクリミア併合前の2014年初頭時点の国境線を回復するというゼレンスキー大統領の要求を呑(の)むことは、プーチン大統領が行ってきたことを全否定するものであるからだ。
ロシア正教会も巻き込み、ウクライナ侵攻を「サタンとの戦い」と正当化し国民を煽(あお)る一方で、自身の面子(メンツ)を保つ形での停戦を模索する。メドベージェフ氏がいう「手の込んだ嘘」を武器としているのは、プーチン大統領ではないのか。