
ウクライナ侵攻が長期化し、制裁にも苦しむロシアが外交で「対露包囲網」を切り崩そうとしている。イランとの接近でイスラエルを牽制(けんせい)する一方で、トルコの取り込みを進めているのだ。ペロシ米下院議長の台湾訪問では、米中衝突に向け中国を煽(あお)ったが、こちらは不発に終わった。(繁田善成)
プーチン大統領は7月19日、イランの首都テヘランを訪問し、ライシ大統領やトルコのエルドアン大統領と会談した。ウクライナ侵攻開始後、プーチン氏が旧ソ連圏外に外遊したのは初めてだった。
この後、イランはロシアに、ウクライナ紛争で使用するドローンを供与した。ウクライナ政府によると、すでにイラン製ドローン46機がウクライナ戦線に投入されている。
また、ロシアの国営宇宙企業「ロスコスモス」が9日、イランの偵察衛星を載せたロケットを打ち上げており、ロシア軍がこの偵察衛星を利用するという情報がある。
そのような中、パレスチナのガザに拠点を置く、イランが支援する武装勢力「イスラム聖戦」がイスラエルに向け300発以上のロケット弾を発射し、緊張が高まった。
イスラエルはロシアのウクライナ侵攻に対し、相対的に中立の立場を取ってきた。イスラエルはウクライナを支援するものの、支援物資は人道的なものに限り、武器などは提供してこなかった。
イスラエルの安全保障において、最大の脅威はイランである。イランを牽制するためにロシアの協力を得たいのがイスラエルの立場であり、だからこそ、欧米と協調しウクライナを支援する一方で、ロシアの機嫌を損ねないよう立ち回ってきたのだ。
そのイスラエルをロシアは突き放した。ロシアに住む、ロシア系ユダヤ人のイスラエルへの移住活動を支援しているイスラエル系非営利団体「ソクヌート」の活動禁止に向けた動きを、ロシアの捜査委員会が進めている。
イスラエルのヘルツォーク大統領が9日、同問題についてプーチン氏と電話会談を行ったが、成果は得られなかった。
イランと接近した上で、イランが支援する「イスラム聖戦」を使い地域を不安定化させることでイスラエルを牽制し、「対露包囲網」の一角を崩す構え、との見方が出ている。
プーチン氏が状況打破のために働き掛けを強めているもう一つの国はトルコである。これまでもトルコはロシアとウクライナの仲介役としての役割を果たしてきており、ウクライナの穀物輸出再開でロシアは、エルドアン氏に花を持たせた。
エルドアン氏は5日、ロシアのソチでプーチン氏と会談し、ロシア産天然ガスの一部をロシアの通貨ルーブル建てで購入する計画を発表した。トルコにとって、安価なエネルギー調達の実現につながるものであり、そのメリットは大きい。
しかしこれは、欧米による対露制裁の「抜け穴」となり得る。ロシアにとってその意味は大きく、トルコを取り込むことで「対露包囲網」の一角を崩そうとしているのだ。
もっとも、トルコはしたたかな国である。ウクライナ侵攻で国際的に孤立し、弱い立場に置かれているのはロシアだ。それを十分理解しているトルコは、ロシアとトルコの利害が対立するシリアやリビアの問題などで、ロシアの足元を見ながら、相当な代償を手に入れる構えだ。
一方でロシアは、米中衝突を煽る動きに出た。米国のペロシ下院議長の台湾訪問を受け、ラブロフ外相は、もし中国が米国と軍事衝突したならば中国を支援するだろうと語ったのだ。
ロシアはウクライナ侵攻で、中国の支持を期待していた。欧米による対露制裁が強化されるたびに露政府は、「中国がわれわれを助けてくれるだろう」「中国との貿易を拡大し、さらに協力関係を強めるだろう」と、国民に説明してきた。
その期待は裏切られた。だからこそペロシ米下院議長の訪台を利用し、中国が米国と衝突するように煽ったのだ。両国が衝突する事態になれば、米国はウクライナ支援どころではなくなるだろう。
もっとも、中国はロシアが考えるような単純な国家ではない。中国はペロシ下院議長に対する制裁を発表したが、制裁の具体的内容は示さず、米国との決定的な対立を避ける動きに出た。中国については、ロシアの目論見(もくろみ)は不発に終わった。