
ウクライナに侵攻したロシア軍は同国東部に兵力を集中し、徐々に支配地域を広げつつあるものの、南部などでは守勢に立たされている。一方でウクライナ軍は米国などの武器供与を受け巻き返しを進めており、戦闘は長期化する流れだ。このような中、ロシアは「地政学的にすでに敗北した」とする「全ロシア将校協会」会長のイワショフ退役大将のインタビューが注目されている。(繁田善成)
ロシアのウクライナ侵攻開始から100日となった6月3日、ウクライナのメディアではさまざまな特集番組が放映された。空襲警報が鳴り響く夜のキエフを攻撃する巡航ミサイル、ロシア軍の軍事行動を承認するプーチン大統領の演説、キエフに迫り来るロシア軍機甲部隊と、破壊された街並み、ロシア兵に惨殺された人々の遺体。
しかし、次第にウクライナ軍が巻き返す様子が始まる。対戦車ミサイル・ジャベリンで破壊されるロシアの戦車、黒煙を上げるロシア黒海艦隊旗艦「モスクワ」、ロシア軍を攻撃するりゅう弾砲や多連装ロケット砲、一時は追い詰められたハルキウに翻るウクライナ国旗。
どの映像も、国際社会がウクライナの味方であり、占領地からロシア軍を駆逐するまで戦い続ける気概と自信を示したものだった。
対照的なのはロシアだ。短期間での勝利を目論んでいたクレムリンにとって、100日は節目でも何でもない。世論調査でも戦闘の長期化を予想する国民が増えつつある。
依然としてプーチン大統領の支持率は高いものの、毎年6月に行われる恒例のプーチン大統領と国民の直接対話を延期するとクレムリンが発表した。世論調査の数字には表れないが、国民の不満が高まってきた可能性がある。
このような中で注目を集めているのが、ロシアの退役大将レオニード・イワショフ氏だ。ロシアの退役軍人でつくる「全ロシア将校協会」の会長でもある同氏はウクライナ侵攻直前の1月末、協会の総意として「ウクライナ侵攻に反対」と「プーチン大統領の辞任」を要求する公開書簡を公表したことでも知られる。
保守派の中の保守派であり、プーチン大統領を支持してきた「全ロシア将校協会」が反旗を翻したことに、クレムリンは大きな衝撃を受けただろう。
そしてイワショフ氏は5月、著書を出版し、ロシアのブックサイト「クニージュニー・ミル」のインタビューで再び、ウクライナ侵攻を痛烈に批判したのだ。
「今回の特別軍事作戦では初期段階で戦略的な間違いがあった」「ウクライナの一定の領土は得られるかもしれないが、地政学的にはすでに敗北した」「今日、私たちが陥った危機的状況は、ロシアの歴史上、これまでになかったことだ」
イワショフ氏はさらに続ける。「ロシアはウクライナがあって初めて世界の大国であり、ウクライナなしではロシアはアジアの国にすぎない」「英国と米国、そして中国も望んだことは、中央アジアやコーカサスをロシアと断絶させ、ロシアを孤立させることだった」「彼らが望み、そのために諜報機関も投入し力を注いできたことが(今回の特別軍事作戦により)すべて実現してしまったのだ」
その上でイワショフ氏は、「大統領は謝罪しなければならない。罷免すべきものを罷免し、少なくとも政府の長には特別軍事作戦に反対する者がなるべきだ」と訴えた。
イワショフ氏のインタビューを報じるロシアのメディアはないが、インタビュー映像は削除されず今でも視聴することができる。
クレムリンは、公式発表以外の「虚偽情報を流布」した場合、最長で禁錮15年を科する法を成立させメディアや記者らを締め上げたが、軍の重鎮であるイワショフ氏に圧力を加えることはできなかったようだ。
イワショフ氏が語る通り、プーチン大統領は愚かな決定を下した。ウクライナを蹂躙(じゅうりん)し、自らロシアをウクライナの仇敵(きゅうてき)として埋められない溝をつくった。国際社会でロシアを擁護する可能性があるのはベラルーシぐらいだろう。
言論を統制し、政敵を投獄し、民主派野党を議会から締め出し、独裁体制を強化してきたプーチン大統領はいつしか裸の王様になり、ロシアを歴史始まって以来の窮地に陥れたのだ。