露がウクライナ侵攻ちらつかせる
米の交渉、“見物人”に終始
ロシアがウクライナ東部国境線沿いに10万人規模の部隊を展開させ、ウクライナ侵攻をちらつかせている。10日にジュネーブで米露の「戦略的安定対話」、12日に2年半ぶりの「北大西洋条約機構(NATO)・ロシア理事会」、13日には欧州安保協力機構(OSCE)が開催されたが、歩み寄りはなく、会合は成果なく終了した。欧州メディアでは「隣接するウクライナの危機で欧州の存在感が見られない」と、米露両国の交渉に依存する欧州の現状にもどかしさと懸念の声が聞かれる。
(ウィーン・小川 敏)
ウクライナ危機の構図は明確だ。ロシアはウクライナのNATO加盟を拒否し、NATOの東方拡大に強い警戒心を有している。クリミア半島の併合は主に「少数民族のロシア系住民の権利保護」の側面があったが、今回はロシアの国家安全保障問題が絡んでいる。
ロシアはソ連時代から自国の国境線周辺に緩衝地帯を設け、敵国が自国の国境線に直に接することを避けてきた。ウクライナがNATOに加盟すれば、ロシアは否応なしに西側と直接対峙することになるため、これを絶対に容認しない。
これに対し、米国とNATOは「どの国をNATOに加盟させるかの問題は、ロシアが関与するテーマではない」として、ロシア側の要求を一蹴する一方、ウクライナに対してロシアの侵攻時には軍事支援を惜しまないと連帯を表明してきた。ロシアのクリミア半島の併合で苦い経験をしてきた欧米側は、ロシアのウクライナ侵攻を強く警戒している。
ウクライナ危機で米露両国が折り合いをつける妥協点はない。ジュネーブの会合を見ても、双方が自国の立場を繰り返すだけだ。こうした中、欧州は調停役の役割すら果たせず、もっぱら米露両国の交渉の見物人に終始している。
ベルギーの王立国際関係研究所(通称エグモント研究所)の安全問題専門家ビスコップ氏は、オーストリア国営放送とのインタビューの中で、「欧州は外交と防衛問題で一つの声で話すことがめったにないので、EUは戦略的役割を演じることができないのだ」と単刀直入に指摘している。
EUは「ロシアがウクライナに軍事侵攻した場合、厳しいロシア制裁を強いることになる」と警告を発してきたが、EU内で制裁の一致した具体策があるわけではない。空警告だ。プーチン大統領はEU内の事情をよく知っているから、EUの制裁の脅しには関心を寄せていない。
EUは過去16年間、メルケル前独首相が主導的役割を果たしてきた。メルケル氏の対ロシア、対中国政策は関与政策であり、対立を回避し、双方の譲歩を模索する政策だった。習近平中国国家主席とプーチン氏はメルケル氏との会合を西側とのホットラインのように重宝してきた。
そのメルケル氏は昨年末、政界から引退した。その意味で、ロシアも中国も欧州側との交渉で誰と対話すべきかが不明な現状は、決して理想的ではないはずだ。
ドイツはロシアとの間で天然ガスをバルト海底経由で欧州に運ぶ「ノルドストリーム2」の海底パイプライン建設が昨年秋に完成した。関係国の認定手続きが終われば、操業は開始される。
ただし、ノルドストリーム2計画に対して米国やポーランド、バルト3国は、「ロシアが欧州のエネルギー政策をコントロールする危険性が高まる」として、強く反対してきた経緯がある。
そこで今、考えられるシナリオは、米国が独露両国の海底パイプライン計画にゴーサインを送り、ロシア側はウクライナ国境線に配置した軍隊を撤退する。ウクライナのNATO、EU加盟問題は今後の外交課題に先送りにするという内容だ。
ウクライナはロシアにとって西側への緩衝国として重要な戦略的意味があるように、西側にとってもウクライナは軍事大国ロシアへの緩衝国の役割を果たしている。だから、ウクライナの政治的安定が重要となる。
欧州として忘れてならないのは、バイデン米政権は対中政策を最優先課題としていることだ。EUは独自軍の創設や共通外交とラッパを吹いているだけではもはや十分ではない。EU加盟27カ国の外交・安保政策でコンセンサスを構築することが急務だ。