新型コロナウイルスの感染拡大がフランス人のライフスタイルに与えた影響について、仏調査会社ELABEのトップ、ベルナール・サナネ氏は「田舎に引っ越すパリ市民が急増した背景には、コロナ禍前からフランス人の幸福観に大きな変化があった」と指摘する。コロナ禍に後押しされて、都市圏と田舎の二つの生活「デュアルライフ」が普及している。(パリ・安倍雅信、写真も)
豊かな自然求めて田舎へ
ウィズコロナ時代の生き方
2020年3月以降に実施されたコロナ禍の外出禁止令で、仕事は在宅のテレワークに移行した。それをきっかけにパリ首都圏に住む住民が、田舎へ引っ越す現象が起き注目された。
もともと約340万軒の別荘があるフランスで、外出禁止令発令時にパリの本宅アパートから別荘に家族で避難したのが、別荘が本宅になる現象が起きた。人気は仏北東部ノルマンジー地方、西部ブルターニュ地方、南西部ペイ・バスク地方だ。
仏大手不動産会社エンプリュンティスの調査によると、パリ首都圏の住人で地方への移住を夢見る人は54%と半数を超えている。サナネ氏によれば「2019年の調査で、フランス人は豊かな自然環境の中で暮らす願望が強まっていた。それがコロナ禍で一気に加速した」と説明する。
ブルターニュ地方南部の海沿い人口約4400人のカルナックに別荘を持っていた夫婦と子供2人のブレバン家は、コロナ禍の昨年3月にパリから別荘に避難し、結果的に別荘に定着した。夫は建築家で妻は会計士で、1カ月数回の出社以外はテレワークで仕事をこなしている。子供たちは地元の小学校に通い、ビーチで毎日遊び、満足しているという。
同じブルターニュの中心レンヌ市郊外の人口約8500人のトリニエ・フヤールに住むレナゼ夫妻もパリからの引っ越し組だ。パリの約3倍のスペースの住宅と広い庭に大満足している。テレワークの夫ドミニックさんは「庭いじりができて最高だ。日曜大工で家具も作っている」といい、英国人の妻のロザリンさんはテレワークで英語を教えている。
パリから900キロ離れたペイ・バスクのビアリッツ郊外に引っ越したエリーゼさん夫妻は、パリのアパートを引き払い、夫の郷里のビアリッツ郊外に築200年の家を購入した。夫のピエールさん(30)は今、月3回のパリ本社への出社のときはホテルで寝泊まりし、広い家で子育て中だ。
少子高齢化と地方の過疎化が深刻なフランスで、コロナ特需といえるのがテレワークに後押しされた都市の高額所得者の田舎への移動だ。居住人口が増えたことで学校、郵便局、薬局、警察駐在所を維持でき、中には村にビジネスセンターをつくり、ブースで貸し出ししたりしている。
この約1年10カ月で個人の選択の自由を重視する国民性にも変化があった。つまり、「コロナに屈した」印象がある。2020年年末の調査で約60%の国民がコロナワクチン接種に消極的姿勢を見せていたのが、今では2回接種完了者は7割を超え、3回接種も始まり、予約が殺到している。
一方で、医療関係者や介護士へのワクチン接種や接種完了を証明する衛生パス提示義務化に反対する左派の抗議デモも継続的に続いている。ただ、かつて接種に懐疑的だったパリ東郊外ノジャンの高齢者施設で働く介護士のエミーさん(48)は「仕事を失ってまで接種を拒否する人の抵抗は、まったく理解できない」と変貌した。
フランスでは衛生パスが普及しており、レストランやバー、公共交通機関、美術館での提示が義務付けられている。IT企業に勤めるルビルワ氏(52)はスマホの初期画面を自分のQRコードにしているくらいだ。
実は、衛生パスにはPCR検査結果などの医療記録もQRコードで表示できる。検査後、検査機関からメールでQRコードが送られ、自分で衛生パスにアップする仕組みだ。
2回接種者のほとんどが3回接種に積極的な理由は3回目を打たないと衛生パスが無効になるからだ。衛生パスに反対するのはごく少数派だ。
コロナ禍でフランス人は、働き方もライフスタイルも変わった。都市と田舎の2拠点のデュアルライフを選ぶ若者が増え、ブルターニュ地方レンヌのビジネススクールに通うエリート学生も地元にとどまり、大企業に就職する学生が増えた。
若者の多くは、これを機会にデジタル化が進むことを支持している。ルビルワ氏は「フランス人は中世時代に住んでいたのが、コロナで一気に進化している」と冗談を言う。