ロシアのモスクワで9日、第2次世界大戦でのナチス・ドイツに対する勝利を祝う戦勝記念パレードが行われた。パレードは大幅に縮小されたが、重要なのは規模ではない。「プーチン時代」に生まれ育った若い世代を中心に、ソ連ではなく、ロシアが単独で第2次大戦に勝利し、ウクライナの大多数がナチス・ドイツ側で戦ったと信じるようになっていることだ。(繁田善成)

例年であれば、戦車や移動式ミサイルなどが参加する大規模なパレードのリハーサルのため、何日もモスクワ中心部は封鎖され、大規模な交通渋滞が発生していた。その点で今回の小規模なパレードは、市民生活にとっては朗報だった。
だが、パレードの規模はその本質ではない。注意すべきはその意味合いだ。プーチン大統領は20年ほど前から、ソ連の対独戦勝利を、自らに都合の良いように変質させてきているのだ。
2022年までに、一部のロシア人、特に「プーチン時代」に生まれ育った若者を中心に、ソ連ではなく、ロシアが単独で第2次大戦に勝利したと信じるようになった。
連合国がノルマンディー上陸作戦によって切り開きドイツを挟撃した西部戦線や、ソ連に対する連合国の支援は無視された。さらに、ウクライナ(当時のウクライナ・ソビエト社会主義共和国)の大多数が、ナチス・ドイツ側についてロシアと戦ったということになっている。
そしてプーチン氏やその側近は、独ソ戦の勝利を、自分たちの功績とするようになったのだ。
国内政治が危機に陥った場合、権威主義的な政権は国民の愛国心を鼓舞し、それを乗り切ろうとする。しかし、しばらくすると「薬」の効果は薄れるため、政権は愛国心を鼓舞する新たな薬を考案することになる。それも、より強力な薬をだ。
プーチン時代のロシア政治史を見ると、2010年から11年にかけて大きな危機があった。下院の不正選挙疑惑に反発した都市部中産階級の人々が、街頭に出て抗議したのだ。
政権は彼らの要求を無視し、指導者らを弾圧する一方で14年、ソチ五輪とクリミア併合という「薬」で、国民の愛国心を鼓舞した。
これは大きな効果を生み、ロシア国民の大多数が「故郷クリミアへの帰還」を熱狂的に支持した。国民は、ロシアとその指導者プーチン氏への誇りで満たされ、団結した。
政治学者らは、プーチン政権の求心力が飛躍的に高まったこの時代を「クリミアの春」と名付けている。しかし、その効果も次第に薄れていった。
そこでプーチン政権は20年、憲法改正によってこの危機を乗り切ろうとした。ロシア憲法が国際法に優先することを明記し、社会保障制度を強化し、大統領の権限を強化すると共に、その任期制限をリセットした。
しかしこの「薬」は不発に終わった。その上、22年に始めたウクライナ侵攻は当初のもくろみが外れ、泥沼化した。
このためプーチン政権は国民に新たな薬を投入した。「われわれは第2次大戦でファシズムと戦い打ち破った」「今日、ロシアは、再び頭をもたげたファシズムと戦っている」と、大規模なプロパガンダを展開し、愛国心を再び鼓舞したのだ。
しかし、ほころびも見え始めている。この“隠蔽(いんぺい)”を徹底するため今年3月以降、ウクライナ侵攻直後に行われたインターネット規制を上回る規模の、新たな規制に踏み込んだことだ。
モスクワ中心部で携帯ネット接続が繰り返し遮断され、大規模な電子決済障害も発生した。仮想プライベートネットワーク(VPN)規制や、国民に人気のあるメッセージアプリの機能制限、数千のウェブサイトやデジタルサービスへのアクセス遮断が同時に行われた。
その一方でロシア政府は、国産メッセージング・電子商取引アプリ「MAX(マックス)」の利用を強力に推進し、国民監視を強化しつつある。
国民の反発は大きく、全ロシア世論調査センターによると、プーチン氏の支持率は過去3カ月で7.3ポイント低下し、不支持率は5.7ポイント上昇した。
ペスコフ大統領報道官は「インターネット規制は必要な限り維持される」と述べたが、国民の不満は強まる一方だ。「薬」の効果が消え、副作用が広がっているようだ。





