メディアのオンライン化が進む中、アルプスの小国オーストリアでも、紙媒体のメディア業界は存亡の危機に直面している。十数年後には紙の日刊紙はなくなるという予測も出てくるほどだ。(ウィーン・小川 敏)
秋の賃金交渉に先駆け、オーストリアで紙媒体を経営するメディア業界は9月27日、「ジャーナリストとの労働協約を解約する」ことを決定した。その理由は紙コストの高騰など経営問題を含め、紙媒体を取り巻く状況がこれまで以上に厳しくなってきたことがある。ジャーナリスト労組は強く反発している。
ウィーンの日刊紙ウィーン・ツァイトゥングが6月30日、電子版に移行した。1703年創刊の同紙は320年の歴史を持ち、「現在まで発行している世界最古の日刊紙」とされる。神童モーツァルトも楽聖ベートーベンも目を通していただろうし、ハプスブルク王朝の栄枯盛衰を目撃してきたことになる。第1次、第2次の世界大戦を目撃し、1938年以降はヒトラーのナチス政権をフォローしたはずだ。
オーストリアの紙媒体は2010年には74紙があったが、22年には53紙に減少した。来年にはオーバーエステライヒ州の国民党機関紙フォルクスブラットもオンラインに移行する。これによって、政党機関紙の紙媒体はなくなる。
ドイツのメディア業界の専門家は、「10年後にはドイツでは紙の日刊紙はなくなるだろう」と予言しているが、オーストリアのメディア問題専門家カルテンブルンナー氏は、オーストリア国営放送(ORF)のニュース番組で、「ドイツが10年とすれば、わが国は13年後には同じような状況になるだろう」と述べていた。
例えば、新聞を毎日読む年齢層を調査したところ、60歳以上では70~80%だが、14~19歳では30%と少ない。
若い世代はもっぱらインターネットのオンライン情報に集中し、紙の日刊紙を金を払ってまで読む習慣はない。今後、世代が替わっていけば、新聞の購読者が減少することは明らかだろう。
購読者が減り、発行部数が減れば、それだけ新聞社の経営は厳しくなる。会社を維持するために多種多様のサイドビジネスをしながら生き延びている新聞社は多い。
米紙ニューヨーク・タイムズはオンライン購読者の獲得に力を入れ、現在は購読者の80%以上がオンラインだ。
ローカル紙だった英紙ガーディアンが世界の主要メディアにまで発展できたのもインターネットへの進出があったからだ。時代の趨勢(すうせい)を素早くキャッチして紙媒体から電子版に切り替えて成功しているメディアも出てきた。
早ければ10年後には、紙の日刊紙は消滅するのかもしれない。紙の新聞を読みたければ、国立図書館に行くしかない。メディア側は毎日の情報を電子版で報じ、週刊誌、月刊誌の紙媒体で詳細な情報を提供するといったすみ分けが進むのではないかという声も聞かれる。
人間は情報への願望を持っているが、カルテンブルンナー氏は、「新聞が報じる情報を信頼すると答えた人は全体の40%にすぎず、60%が情報の信頼性を疑っている。
特に、新型コロナウイルスが席巻した過去3年間に多くの人はメディアが報じる情報を疑い始めた」と述べている。「情報と信頼性」はメディア業界が抱えるもう一つの大きな問題だ。