ウクライナ侵攻を正当化し、ロシアは「外敵に包囲された要塞(ようさい)」であるというプーチン政権の歴史観を反映した新たな歴史教科書が9月1日から全土で導入された。ロシア極東サハリンでは3日、メドベージェフ安全保障会議副議長(前大統領)が出席し「軍国主義日本に対する勝利」を祝う記念行事を行うなど、ロシアの歴史教育が“暴走”しつつある。(繁田 善成)
ロシアの9月3日は、「テロとの戦いにおける連帯の日」という公式な記念日である。プーチン政権下の2004年9月1日、ロシア南部北オセチア共和国ベスラン市でチェチェン独立派武装勢力が学校を占拠し、7歳から18歳の少年少女とその保護者1181人を人質に立てこもった。クレムリンは武装勢力との交渉を行わないと決定し、3日に特殊部隊を突入させ武装勢力と銃撃戦となり、子供186人を含む334人が犠牲となった。負傷者も700人以上を数え、子供70人を含む126人が現在も障害に苦しんでいる。
ベスランの犠牲者追悼のために定められた記念日ではあるが、クレムリンはその事実を忘れたようで、記念行事も長く行われていない。地方政府がベスランで小規模な追悼行事を行うだけである。
その9月3日は今年6月24日、ロシアの軍事的栄光を示す記念日となった。正式名称は「軍国主義日本に対する勝利と第2次大戦終結の日」である。
9月3日は20年に「第2次大戦終結の日」と定められたが、この時は、日本に対する敵意をここまでむき出しにしたものではなかった。今年の名称変更を主導した与党議員らは「ウクライナでの特別軍事作戦に対し、日本は欧米と結託し、ロシアに対する前例のない非友好的キャンペーンを展開した」と激しく非難した。
ちなみにロシア共産党は第2次大戦の開戦日を「軍国主義日本が中国を攻撃した」1937年7月7日(盧溝橋事件)に変更しようともくろんでいる。
ロシア極東サハリン州都ユジノサハリンスクで式典に出席したメドベージェフ安全保障会議副議長は、次のように訴えた。「今、歴史を学ぶことが極めて重要だ。なぜなら当時と同じように、世界を支配しようという者たちが再び台頭しているからだ。80年前と同様、われわれの神聖な義務は、彼らを断固として拒否し勝利を収めることだ」
メドベージェフ氏が言うように、ロシアでは歴史教育に改めて重点が置かれている。9月1日からロシア全土の17歳から18歳の生徒を対象に、プーチン政権の歴史観を反映した新しい歴史教科書(現代史)が導入された。
これまでの現代史教科書を大幅に書き換え、ウクライナを支援しロシアに制裁を科す欧米を批判する。ソ連末期の政治・社会改革「ペレストロイカ」や情報公開「グラスノスチ」も批判の対象である。著者のメジンスキー大統領補佐官(歴史教育に関する省庁間委員会委員長)やトルクノフ・モスクワ国際関係大学長は、ウクライナ侵攻を正当化するとともに、ロシアは「外敵に包囲された要塞」であるとの認識を、子供の頃から国民の間に形成させるべきとしている。
そのために、幼児期からの愛国教育にも力を入れる。ロシア連邦青少年庁のラズヴァエヴァ長官は、ベドモスチ紙のインタビューで「全国の保育園に教育活動を担当する副園長を置く」と語った。
ところで、「キエフ政権は欧米とロシアの戦争の道具として使われている」(ペスコフ報道官)と欧米を敵視する一方、中国には弱腰である。
ロシアと中国は04年、長年にわたり対立していたロシア極東アムール川に浮かぶ大ウスリー島を、両国で東西に分割することで正式に合意した。しかし、8月28日に中国が公開した標準地図では、大ウスリー島の全土が中国領と表示された。これに対するロシア外務省の声明は、「これは中露国境解決の法的結果に影響を与えない」である。