ロシアに翻弄される欧州 核抑止秩序 崩壊の危機【連載】核恫喝時代―日本の選択(7)

7月12日、ビリニュスで開かれた北大西洋 条約機構(NATO)首脳会議(UPI)

ロシアのメドベージェフ安全保障会議副議長(前大統領)は今年1月、対ロシア支援を話し合う北大西洋条約機構(NATO)会合を前に「通常戦争での核保有国の敗北は核戦争を引き起こす可能性がある」と警告した。6月には外交・防衛政策専門家セルゲイ・カラガノフ氏が「核兵器使用の敷居を下げることによって、核抑止を再び説得力のある議論にしなければならない」と主張したことが伝えられた。

欧州はプーチン露大統領が戦術核兵器の使用をちらつかせていることに強い不安を抱いている。核戦争に発展すれば、欧州全体の危機に発展するからだ。

フランスの戦略研究財団(FRS)の核軍縮専門家エマニュエル・メートル氏は今年6月の論文「核秩序の世界的浸食が続く」の中で「非核保有国(ウクライナ)が依然として核保有国の侵略に対して脆弱(ぜいじゃく)であることを見せつけられている」と指摘した。

さらに「武力でウクライナ領土を併合し、核戦力の保護下に置く」というプーチン氏の巧みな核の多面性利用について、「非核保有国は核兵器保有国の善意を前提としてきたが、核保有国による武力侵略が発生し、国際的な不拡散体制の基礎をなす原則に疑問が投げ掛けられている」「もはや(世界は)、核兵器によってもたらされるリスクに対処できない」と分析、核による世界秩序は崩壊の危機に直面していると指摘している。

NATOは、度重なるロシアの核の威嚇に対して、現時点ではウクライナ侵攻が核戦争に発展するリスクは依然低いとの認識だ。西側諸国に対する先制核攻撃の利点についてロシア国内で議論が煮詰まっている形跡もない。

ただ、米国と欧州同盟国がウクライナに対して、核ミサイル搭載可能なF16戦闘機の供与の方針を固めるなど、ロシアの懸念を高める軍事支援をエスカレートさせている今、ロシアの核攻撃の強気発言は舌戦の域を超えている可能性は高い。さらに意思決定がプーチン氏ただ一人に委ねられているリスクもある。

NATOはウクライナの加盟を検討しており、リトアニアのビリニュスで7月11、12日に開催されたNATO首脳会議でNATO指導者らは「同盟国が合意し、条件が満たされれば、ウクライナに同盟への参加を呼び掛ける」ことで合意した。

西側による支援が無制限に行われ、ロシア軍が敗退するような事態になれば、ロシアは低出力戦術核兵器による限定的な核攻撃を開始するリスクが高まる可能性は否定できない。そのためウクライナのNATO加盟に反対する同盟国もある。さらにロシアがウクライナのザポリージャ原子力発電所への攻撃を開始し、欧州を覆う大規模な放射能汚染が起きる可能性は、すでに指摘されている。

基本的に欧州は外交による解決を今でも模索している。フランスのマクロン大統領は4月に中国を公式訪問し、習近平国家主席から「核兵器使用は許されない」との言質は取ったが戦闘の終結につながっていない。欧州委員会のボレル副委員長(外交安全保障上級代表)は今秋、中国の王毅外相と会談する。ウクライナ問題で中国の関与に期待を寄せているが、中国が仲介に入る気配はない。

現在の状況は「核廃絶を要求してきた多数の核兵器非保有国の期待に反する方向に向かっている」「核廃絶どころか非保有国の核兵器保有の願望は強まっている」(メートル氏)。ウクライナ危機に直面する欧州は核抑止力による国際秩序の終焉(しゅうえん)を肌で感じ始めている。(パリ・安倍雅信)

spot_img
Google Translate »