ウクライナの非武装中立化――。北大西洋条約機構(NATO)東方拡大を理由にロシアが昨年2月に開始した「特別軍事作戦」の目的だ。しかし、キーウ(キエフ)攻略に失敗し、長期戦が兆すとプーチン大統領は核部隊を戦闘態勢に移す命令を発した。このことは別の中立国、北欧のフィンランド、スウェーデンに大きな波紋を呼んだ。
「フィンランドは遅滞なくNATO加盟を申請しなければならない」。ウクライナ侵攻開始から約2カ月半後の5月12日、フィンランドのニーニスト大統領とマリン首相(当時)は共同声明を発表、中立政策を転換した。同17日にはスウェーデンと共にNATOに加盟申請を行い、今年4月4日、NATOの加盟国となった。スウェーデンも近く加盟国となる見込みだ。
フィンランドは1917年、帝政ロシアが倒れたロシア革命を機に独立、その後、旧ソ連との戦争で領土の10%を失いながらも祖国防衛した歴史があり、1340㌔の長い国境を接するロシアから軍事的脅威を受け続けている。
ウクライナ侵攻を受けて、旧ソ連との「冬戦争」(1939~40年)を記念する「冬戦争博物館」への訪問者が増えている。装備で勝るソ連と戦い、独立を守った戦いは、フィンランド国民にとって愛国の証しだ。
NATOとは数十年にわたり緊密なパートナーであり、「NATO加盟の時期が来たらいつでも加盟を果たす」という立場だった。NATO加盟の機運を押し上げたのは、言うまでもなくロシアだ。
ロシアの軍事侵攻は、NATO加盟への世論を急激に高め、2017年の世論調査では21%だった加盟支持が、侵攻が始まった22年2月には62%に跳ね上がった。また、議会議員への同年3月の調査でも、112人が回答し71人が加盟を支持、反対したのはわずか6人だった。
政府は議会に提出した報告書の中で、「フィンランドとスウェーデンがNATO加盟国になれば、バルト海地域での軍事力行使の敷居が高くなり、長期的には地域安定に貢献するだろう」と述べている。
ニーニスト氏はメディアに対し、NATO加盟の最大の利点は「予防効果」だと訴える一方、世論工作や諜報(ちょうほう)活動などハイブリッド脅威を含むさまざまなロシアからの報復のリスクがあるだろうと警戒を呼び掛けた。しかし、それを差し引いても「十分な安全保障があればフィンランドで有事はなく、今後も起こらない」と述べ、NATO同盟国になることで、「最も十分な」安全保障が得られると強調した。
「最も十分な」とは、究極的にはNATOの「核の傘」にほかならない。ただ核への信頼について国民の意識との間にギャップがあるのも事実だ。
ヘルシンキ大学の7月の調査発表によれば、国民の大多数は国内でのNATO核共有制度を支持しないという結果が出た。回答者のうち核兵器の持ち込みを許可すると回答したのは27%と少なく、61%が反対、配備に関しては賛成14%、反対は77%だった。
これは一つに長年、中立国であり、核拡散防止条約(NPT)締約国として核保有に否定的な立場を取ってきたことがある。この調査を受けてヘルシンキ大学のシンクタンク、ヘルシンキ高等研究所のトゥオマス・フォルスベリ所長はフィンランド国営放送で、フィンランド国民は歴史的に自国の防衛能力に自信を持っており、それは今も変わらないと指摘。「NATOに加盟したのは、単に安全保障と抑止力の強化を望んだからだと考える人もいるだろうし、誰の指図も受けないというシグナルをロシアに発しただけなのかもしれない」とコメントした。核には議論あるところだが、ロシアへの怒りは共通している。(ヘルシンキ・吉住哲男)