欧州の右傾化を促進すると言われた7月23日実施のスペイン総選挙は、事前の予想に反して右派も左派も過半数を取れず、先が見えない状況に陥っている。ポピュリズムや右傾化を危機と捉えるリベラルメディアが多い中、背後で左派勢力の退潮が進んでいることは見逃せない。(パリ・安倍雅信)
スペイン総選挙は、最大野党・中道右派の国民党(PP)と与党・中道左派の社会労働党(PSOE)が共に勝利宣言する異常な状況を生んだ。伸長が予想された極右ボックス(VOX)は議席を減らし、136議席を獲得したPPはVOXの33議席を足しても過半数の178議席には届かなかった。
一方、122議席で第2党となったPSOEは、支持低下が指摘されたが、2議席増やした。ただ、連立を組む極左のポデモス党率いる左派連合スマールが7議席減の31議席で、左派も過半数を占めるのは困難となった。
スペインはギリシャ財政危機に端を発する2010年代の欧州債務危機で緊縮政策を迫る欧州委員会に反発し、他の国と同様、反欧州連合(EU)、反資本主義を掲げる新興政党が台頭した。
その結果、伝統的な既存政党であるPPとPSOEは、新興政党に支持者を奪われ、19年以降はPSOEが極左のポデモス党と連立を組むことで、欧州で最も左傾化が進む国となった。
その結果、トランスジェンダーの全面擁護やカタルーニャ独立運動への弱腰姿勢のほか、強姦(ごうかん)罪の法改正で100人以上の受刑者の刑期が短縮された。
このため、従来、PP支持者だった保守層の間で、「スペインでは今や、フェミニストによって男性であること自体が罪と見なされ、性的少数者(LGBT)の天下になった」との危機感が広がった。カトリック国のスペインで敏感な妊娠中絶や尊厳死、同性婚など信仰に関わる問題で左傾化に警鐘を鳴らすVOX支持に回る有権者も増えた。
ただ、VOXは今回の選挙で極端な主張が裏目に出て議席を減らした。その一方で、欧州債務危機以降、一大勢力となったポデモスも退潮が浮き彫りになった。
欧州債務危機で厳しい緊縮政策を迫られたギリシャでは、ストライキやデモなどの抗議運動が絶えず、極左政党シリザは15年の総選挙で勝利し、国際通貨基金(IMF)や欧州中央銀行(ECB)などと債務問題の再交渉を行い今に至っている。
イタリアも厳しい緊縮政策やアラブの春以降急増した難民流入に直面し、13年の総選挙で急進左派「五つ星運動」が急浮上。18年の総選挙では急進右派「同盟」も回復し、勢力を拡大した。スペイン同様、急進左派の新興政党が影響力を増したが、今は「イタリアの同胞」率いる右派連立政権となっている。
一方、フランスでは、昨年4月の大統領選挙と続く国民議会(下院)選挙で、右派・国民連合(RN)が確実に勢力を拡大した。ジャンマリ・ルペン氏が創設した国民戦線(FN)は移民排斥の極右政党と見なされていたが、娘のマリーヌ・ルペン氏率いるRNは移民や貧困者にも寄り添う政党に様変わりした。
左派との対峙(たいじ)は相変わらずだが、RNに代わって登場した移民排斥、国粋主義を主張する極右指導者ゼムール氏とは一線を画し、今では国民議会での発言権も増している。フランスは時計の振り子のように左右の既存大政党が入れ替わり政権を担ってきたが、17年の選挙では自ら立ち上げた中道の共和国前進を率いたマクロン氏が大統領に当選した。
各国で事情は異なるが、欧州債務危機で広がったEU懐疑主義、反資本主義、反グローバリズムを掲げる、特に新興急進左派勢力への支持は下がっている。
緊縮財政に反対する世界的な大衆運動、反資本主義運動としてスペインで生まれたポデモスの退潮は、欧州の政治状況の変化を象徴している。愛国心や国家アイデンティティーを弱体化させ、何でもありのリベラリズムを拡散させる急進左派への疑念は深まっている。
とはいえ、極端な右傾化が進んでいるわけではなく、スペインなど多くの欧州諸国はバランスを取ろうとしているようにも見える。